長編
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「拓人様、佐倉様がお見えです」
「あっ…通して!」
佐倉真紀。
世界でも三番目には入っているであろう大きな財閥の現当主で、頭脳明晰八方美人な完璧人間。
そして、俺の恋人である。
「やっほ、拓人くん」
「真紀さん!」
幼い頃から、彼女はずっと俺の憧れだった。
周囲の言い分では、真紀さんがうちに来る度に俺は彼女の後をついてまわって離れなかったそうだ。
果てには彼女が帰る頃になると泣き出して皆を困らせていた、らしいが…覚えてない覚えてない!
「はいこれ、この間の出張のお土産ー」
「…讃岐うどん?あれ、愛媛って言ってませんでしたか…?」
「うん、でも、香川のうどんも美味しそうだったから。愛媛の蜜柑もいっぱい買ってきたけどね!」
それなら何故蜜柑ではなくうどんを持って来たのだろうか謎ではある。
相変わらず掴めない。
だが俺より10前後も年上の彼女は、いつも大人でかっこよくて、子供の俺には遠く感じてしまう存在。
だからたまにこんな子供っぽい表情を見せてくれると、ほっとしたし、彼女に近付けたような気がした。
「あ、そうそう、これも」
「え?」
すっと真紀さんが差し出してきたのは、薄い水色のガラスの中に押し花にされたクローバーが入ったストラップ。
透明なガラスが中のクローバーを光らせているようで、凄く綺麗である。
「あの…これは?」
「お土産。で、私とお揃い!」
次に彼女が取り出してきたのは携帯電話。
そこには今しがた貰ったストラップの、黄色バージョンが付けられていた。
お揃い、って響きが嬉しくて仕方なくて、けれど子供っぽいとか思われたくないからどんな顔をすればいいのか分からない。
「…やっぱり、ちょっと女の子っぽすぎたかな?」
真紀さんの言葉に全力で首を振る。
にやける頬を抑えながら、俺はぎゅっとストラップを握りしめた。
「…嬉しい、です。お揃い」
ああもう、宝物にしようこのストラップ。
夜。
携帯を取り出し、携帯に付けたストラップを眺める。
何度見ても頬が緩んでにやけが込み上げてきて、思わず喜びを声に出してしまうほどだ。
(…お揃い、かぁ)
彼女との接点。
それが増える度に嬉しさのあまり興奮して夜も眠れない。
もっと、もっと近付きたい。
共有の時間を増やしたい。
抱きしめてほしいし、キスとか…それ以上も、
(って俺は何を…!)
かああっと頬が熱くなっていくのが分かる。
それ以上、なんて何を考えているんだ…!
(…そういえば)
真紀さんは俺と付き合い出すまで、かなり軟派な人だったらしい。
付き合い出すまで、というのは彼女を良く知る人から聞いた。
(…やっぱり、そういう経験はあるのかな……)
俺の知らない真紀さんがいることを考えるだけで、怖くて仕方ない。
彼女が他の男と、なんて考えたくもないのに。
…俺がこんなに悩んでいることは、彼女にとっては単純で簡単で当たり前のことなのだと思うと、急に胸が苦しくなる。
やっぱり、真紀さんは大人で、俺は子供だから。
その辺りの差は当然否めないわけで。
(…駄目だ、もう考えないようにしよう…)
不安になっていく心を鎮めようにも鎮められず、俺はそのままベッドに転がり込んだ。
(…真紀さん、今…なにしてるかな…)
会いたい、な。