長編
□02
1ページ/1ページ
「やっほ、ヒロト」
「…何しに来たの」
「相談にのってよ」
「帰って」
仮にも同じ財閥当主という環境の幼馴染みに気遣いとか労りの欠片もない帰れ発言は無視して彼の目の前の椅子に座る。
まったく相変わらず私にだけは冷たい幼馴染みである。
凄まじく嫌そうな顔をしながらも、一幼馴染みこと基山…おっと吉良ヒロトはパソコンを畳んでくれた。
「…何の用?」
「だから、相談に来たの」
「…またあの神童の御曹司くんの話?」
「たーくーとーくーん」
「…はいはい」
その呼び方気に入らない。
なんか拓人くんが神童財閥の御曹司だから私が彼と付き合ってるみたいだ。
「で?今日はその拓人くんがどうしたの」
「んー、お揃いのお土産気に入ってくれたー」
ああもうあの嬉しそうな顔といったら写真撮ってポスターの大きさに現像して部屋に貼っておきたいくらい目の保養だ。
可愛くて可愛くて仕方ない、私の恋人。
にやにやと自分でも分かるくらいだらしなく頬を緩ませていると、ヒロトは大袈裟にため息をついてから苦笑した。
「…真紀、変わったよね」
「ん?」
「形に残るものが、あんなに嫌いだったのに」
「………」
ああ流石このひねくれた私の幼馴染みだ、子供の頃から人の弱味に繋がる細かいところはよく見ている。
まあそうじゃなきゃ、こんな世界、やっていけもしないんだけど。
「物を贈る、なんて昔の君じゃ考えられないな」
「…揚げ足ばっかり取らないでよ」
「取ってない、感心してるんだよ」
「…嘘つけ」
完全に勝ち誇った顔してやがんじゃねえかこのドS。まあ私の方がドSだって自信はこれほどかってくらいあるけど。
まあそんなくだらない話は置いといて。
「で、本題は?」
「…やっぱ分かった?」
「当たり前だろ、何年幼馴染みやってると思ってるんだ」
なーんだか私の知らない間に大人になっちゃってまあ。
この私がヒロトを優位に立たせるなんて、…変わったのは彼なのか私なのか。
「今更遠慮とかしないでよ、気持ち悪い」
「気持ち悪い言うな」
確かに遠慮なんて、私の柄じゃない。
ヒロトに気を遣わせてしまうなんて、私もまだまだである。
明るく振る舞っていた上っ面の仮面を剥がし、私は苦笑して俯いた。
「…キスとか…してもいい、かな?」
「…は?」
「…そろそろさ、我慢も限界なんだ」
ああこんな話、絶対に拓人くんには聞かせられない。
彼には汚い大人の世界なんて、見せたくないから。
できるなら、純粋なままで置いておきたいけれど。
「…すれば、いいんじゃないの」
「…でもさ、拓人くんの前でくらい、大人でいたいんだー……」
自分で自分の言うことに嫌気がさす。
綺麗事しか言えないくらいに腐ったこの口を、縫ってやりたいとすら思えた。
「傷付けたくないし、怖がらせたくない。泣かせたくもないし嫌われたくもない」
けれど早く彼に所有印をつけたいだなんて本当に馬鹿げた話である。
こんな感情は今まで知らなかった。
キスをしたことがないわけじゃない。もう何十回何百回と、数えきれないほどにしているはずだ。
けれどこんなにも不安な気持ちは初めてで。
どうすればいいのか分からない、…なんて私のキャラじゃないんだけど。
「…別にキスひとつで何かが変わるとは思えないけど」
「…分からないよ。だって拓人くん、何も言わないもん」
「…心の中では、彼も期待してるんじゃないの?」
「それが分からないから困ってるの」
人の心が覗ける道具なんて現実味の欠片もないものを欲しがる日が来るなんて。
なんだか最近、子供の頃よりも思考回路が子供になってしまった気がする。
「中学二年生だろ?思春期真っ盛りじゃないか」
「…まだそういうことに興味がないかもしれないじゃん」
「…随分と後ろ向きだな。真紀らしくない」
私らしくないなんて、そんなの私が一番よく分かってる。
私はどうしてこう…大切なことに、臆病になってしまうんだろうか。
「…本人に聞けばどうなんだ?」
「…ちょっとぐらい余裕でいたいの」
「……そんなだから進展がないんだよ」
…ごもっともな意見である。
「まあ、思いきって踏み込んでみるのも手なんじゃない?」
「…うん。ありがと、ヒロト」
なんだかんだで相談だけはちゃんと聞いてくれる幼馴染みはやっぱり優しい。
少しだけ心が軽くなった気がした。
「あ」
「ん?」
「今度の日曜、神童財閥との対談だな」
…やっぱ訂正、優しくなんかない。