長編

□03
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「神童拓人くんに、話があるんだ」


俺何かしたんだろうかいやしたんだろう、そうでなくば『あの』吉良ヒロトさんに呼び出されるなんてありえない。

しかも一緒にいた秘書の人を先に返してまで俺だけを呼んだんだからやはりそれなりの理由はあるはずだ。


彼が待っているという部屋の前で、ゆっくりと深呼吸をする。


「…よし」


事は起こった後なのかもしれないが、なるべく失礼のないよう心掛けよう。


「――失礼します」


ドアを開けると、紅茶を飲みながらソファーに座っている吉良さんが。


「君が神童くん?」
「あっ…はい」
「俺は吉良ヒロト。…佐倉真紀の幼馴染みだよ」


彼の口から真紀さんの名が出た瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がった。

ここで彼女の名を出したということはつまり、そういうことなんだろう。


「…真紀さんが、何か…?」
「いや。昨日、真紀が君のことで俺に相談をしに来たんだ」
「えっ…」


先程とは比べ物にならないくらいの不安と恐怖の波が押し寄せてくる。

もしかして俺は真紀さんに嫌われるようなことをしてしまっていたのだろうか。


「あ、あのっ、真紀さんは何て、」
「もうそろそろ、我慢できそうにないって言ってた」
「…え」


それはもうそろそろ俺に愛想を尽かしてしまうということなのだろうか。

自分では気付かないうちに、彼女を傷付けてしまっていたのだろうか。

このままだときっと別れ話を切り出されるに違いない、そうなる前に謝らなければ…っ


「君とキスがしたいんだって」
「………え?」
「俺が告げ口したのは内緒ね」


思わず目を見開いて驚いてしまう。

キス、って。


「え、あの、我慢してたって、もしかして…」
「君の前では大人でいたいらしいよ。純愛なんて彼女の柄じゃないのにね」


苦笑を溢す吉良さんに、一気に身体の力が抜けていった。

良かった、嫌われたとかではないらしい。


大きく安堵の息をつくと、彼は優しい笑みを浮かべて再び紅茶に口をつける。


「君は?」
「へっ?」
「真紀と、したくないの?」


穏やかだけど真っ直ぐな瞳に見つめられ、言葉につまる。

答えなんて決まっているのに。


「……俺、も」


昨日あんなに悩んでた自分がバカみたいだ。

…それでも、真紀さんも俺と同じことを思って…悩んでくれていたんだと思うだけで、嬉しくなる。


「したい、です」


大好きで大好きで、愛しくてたまらない。
キスもそれ以上も、たくさんしてほしい。

そう思うのは我が儘なのだろうか。


「そう」


吉良さんは安心したように笑って紅茶を置いた。

こんな話を第三者にしてしまったことに対し顔が熱くなっていくが、言ってしまったものは仕方がない。


「…誘ってみなよ」
「え?どこにですか?」
「そうじゃなくて。色仕掛けでオトしてみなよ、って話」
「ぅええ!?」


いいい色仕掛けってそんな、だ、第一真紀さんがそんな手にオチるわけがない。

経験豊富で大人な彼女が、俺なんかの誘いに応じるわけないのに。


「ででででもっ、俺なんかじゃ、」
「君が思っている以上に、真紀は君に惚れ込んでいるんだよ。一途な彼女なんて、今まで見たこともなかった」


…それは、彼女が俺を想ってくれていると自惚れてもいいのだろうか。

きゅん、と胸が高鳴った。

…真紀さんと付き合い始めてからどうにも思考回路が乙女化してきている。


「彼女はいざってときにヘタレだから、たまには君から踏み出してあげて。それじゃあ、俺はこれで」
「あっ…あの、ありがとうございました!」


立ち上がった吉良さんに精一杯の感謝を込めて頭を下げると、ふっと髪を撫でられ、狩屋のことも宜しく、と言われた。


………え、狩屋?



 

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