長編

□04
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ヒロトに恋愛相談をしたのが二日前。

そして拓人くんに会うのは三日ぶりだ。


(…踏み込んでみる、か……)


何も知らないからそんなこと言えるんだと文句を言ってやりたいが、彼の言うことも一理ある。

確かに私がリードしないと、一向に進展はないかもしれない。


(……まあ、そんなに焦ることもないし、うん)


拓人くんの部屋の前で大きく深呼吸をして、軽くドアを叩く。

どうぞ、といういつも通りの声に幾分か安心した。


「ごめんね、いきなり…」
「いっ、いえ!」


ああ抱きしめたい、なんていきなり境界線を越えそうになる自分を殴りたい。

こんなことならもっと純愛とかいうものを学んでおくんだったな…。


「あ、あの、昨日、吉良ヒロトさんが俺に会いに来て…」
「……へ?」


ああそういえば神童財閥と対談だとかなんとか言ってたな。

けれどなぜ拓人くん個人に……


「あ、それであの、吉良さんが真紀さんの幼馴染みだ、って……」
「なっ、あっ、あのバカに何言われたの!?ごめんねキツく言っておくから…っ!」
「い、いえ!とても良い方で…その、えっと……」


『良い方』なんてこれほどまでにヒロトに似合わない単語はない。

しかも彼がこんなに言葉につまるんだから、きっとあいつ何か吹き込んだんだろう。


「なっ何言われたのか分かんないけど気にしなくていいからねあんなやつの言うことなんて…!!」


私の嫌な思い出とか思い出したくもない過去とか話したんじゃないだろうなあの野郎。

もしそうなら今すぐぶん殴りに行くんだからな…!


「あ…え、えっと、でも…っ」
「で、でも?」
「……ほ、ホントか、分からないんですけど…その、真紀、さんが……」
「わっ、私が!?」


うわああもう殴るぶん殴る絶対あいつ余計なこと言った…!

次会ったときには絶対眼鏡かち割ってやるあの馬鹿野郎…!!


「…あ、その……お、俺、と、」
「え、う、うん」
「キス、したい、……って、」
「………はっ?」


キ…え、は?
…あいつもしかして私がこれだけ言い惑っていることを軽々と言ったのか。

ヤバい軽蔑の目を向けられる未来が安易に想像できる。


「あの、ホント、ですかっ……?」
「えっあっいやあの、ホントっていうかなんていうか……っ!」


何とか誤魔化さねばと思うのだが、どうにも私はこの真っ直ぐな目に弱いらしい。

じっと素直な瞳で私を見つめてくる拓人くんに、嘘なんてとてもじゃないがつけなかった。

ああもう本気で殴りたいあの馬鹿眼鏡。


「……したい、よ。あっでもその、今すぐに、とかそんな急なことは言わないからさ!」
「あ、…その、俺……」
「え、な、何?」
「…俺も、したい、です。真紀さんと、…キス……」


神様なんですかこれ夢ですかもしかして私の妄想の具現化ですか。

彼に気付かれないよう掌に爪を食い込ませるが普通に痛い。


「…え?た、拓人…くん?」


戸惑いと確認の意図も含めて名前を呼ぶと、拓人くんは頬を赤らめたまま俯く。


「…いい、の?」
「…ん…はい……っ」


…可愛い、とてつもなく可愛い。

ああこのまま抱きしめて無理矢理にでも犯してしまいたい、だとか。

…感情ばかりが先走って怖くすら感じた。


「…嫌だったら、すぐに言ってね」
「は、はいっ……」


身体を強張らせぎゅっと目を閉じる彼はやっぱり愛しくて、ここまで来ると今までの躊躇いなんてふっとんでしまう。


私は残った理性でなんとか狼になりそうな自分を押さえ込み、ゆっくりと彼の唇に私のそれを重ねた。


「…ん」


舌を入れようとするのだが、緊張で固まっている拓人くんは一向に私を受け入れない。

きっと『キス』とは唇を重ねるだけだと思い込んでいるのだろう。


「……ちゅ、」
「っ!」


舌で小さくリップ音を鳴らして、口を離す。

今はまだ、それぐらいにしておきたいのだ。

まだ、汚したくないから。


けれど真っ赤になっている拓人くんが可愛くて可愛くて、思わず額にもうひとつ口付けてしまった。


「…真紀、さん……」
「ん?」
「…好き、ですっ」
「…私も愛してるよ、拓人くん」


こんなにも、一人の人を愛しいと感じたのは初めてで。

今まで汚すことしか出来なかったような女だから、いざってなると愛し方もいまいちよく分からない。


純愛なんて柄じゃない、ってヒロトの言葉がふいに脳に響いて思わず納得してしまった。



 

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