長編
□06
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「真紀、久しぶり」
「久しぶりーリュウジ。いきなり呼び出すなんてどうしたの」
「うちの社長にコーヒーの買い出しついでに真紀への伝言頼まれたから」
「…あー」
苦笑をしながらそう言い放った幼馴染み第二号に、思わず頬がひきつった。
あいつ殴られるかもしれないことは分かってたのか。
それなら尚更何故あんなことをしたのだろうか益々疑問ではあるが。
まあ結果的にはヒロトのお陰で進展があったようなものなのだから、少しくらい感謝してやらないこともないが。
「『上手くいった?』だって」
「……次会ったら殴るからって言っておいて」
「了ー解」
ああホントあの馬鹿眼鏡には勿体ないくらい、リュウジは有能な秘書なのにな。
どうして社長はあれなんだろう。
「で、彼氏との進展は?」
「はっ?」
「ほら、神童くん」
「ちょっ…ちょっとストップ!なっなんで知ってるの!」
私が拓人くんと付き合ってることは相談相手であるヒロトや神童家の皆さんくらいしか知らないはずなのだ。
どこから情報が漏れたのか。
「え?ああ、相手は当てずっぽうだったけど、彼氏がいるのはなんとなく分かるよ」
「なっななな、なんで…」
「勘、かな」
なんて素晴らしい勘なんだろうか…じゃない、勘なんて言葉で片付けるな。
相手まで見破る辺りはもう勘だなんて言われたって信じられるものじゃない。
「真紀、変わったから」
「え……」
「恋してます、って顔してるよ?」
…そんなに私は感情を顔に出しているだろうか。
いや単にリュウジの洞察能力が高いだけだと思う、いや思いたい。
「…そんなこと、」
「じゃあ、してない?恋」
「……してる」
…どうにも最近の彼には敵わない。
昔は私よりずっと子供だったのに。
…もう何年も前の記憶なんだから、男女の差もなくて当たり前か。
「ほら、当たってる」
「…なんかムカつく」
これがヒロトなら足を踏ん付けるでもなんでもしていただろうけど、リュウジとなればそうもいかない。
今尚もう十年も前の無邪気な彼の面影が、まだ頭に残っているからだろう。
ああ、あの頃は可愛らしかったのに、どこぞの眼鏡にすっかり取り込まれてしまって…。
「で、進展は?」
「………キス止まりよ。悪かったわね」
一瞬きょとんと目を丸めたもののすぐに盛大に吹き出したリュウジの頭を、今度こそ躊躇いなくぶっ叩いた。
「じゃあな、神童」
「ああ、また明日」
霧野と別れて家路を急ぐ。
今日は真紀さんが前の出張の振替休日を貰えたとかで、うちに来てくれている。
ただただ早く会いたくて、自然と歩くスピードも速くなっていた。
家の門まで帰ってくると、その正面には見慣れた女の人の後ろ姿。
どうして外にいるのだろうかという疑問も、振り向いてほしいという欲に負けて出てこない。
嬉々としてその背中に声を掛けようとした、とき。
「あー、笑った!」
「…リュウジのアホ」
もう一人、彼女の影に隠れて見えなかった人物を見付けた。
ああ、話をしている途中だろうか。
それなら、と邪魔にならないよう、二人に見えないであろう場所に身を潜める。
「まさかあの真紀が純愛なんてね」
「…それヒロトにも言われた」
「そりゃ言われるよ」
「…バカ」
俺が見たことのないような表情で、聞いたことのないような声で、真紀さんはその男の人と話していた。
瞬間、胸に何かが刺さったような痛み。
「でも真紀のそういうところ、俺は好きだよ?」
「…なにそれ、ありがとって言うしかないじゃんよ」
楽しそうな二人に、胸騒ぎが止まらない。
今すぐにでも飛び出して行って、真紀さんの手を引きたかった。
「どういたしまして。じゃあ、俺は行くから」
「ん、またね。また今度遊びに行くからさ」
やめて、そんな顔、見せないで。
そんな優しい声、出さないで。
不安に不安が重なってどうしようもなく怖くなって、俺は足の動くままに彼女の元へと走り出した。