長編

□07
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「っえ、拓人、くん?」


足音に気が付いて振り向いた真紀さんの手を構わず掴んで引き摺るように家の中へ。

いつもは安心するはずの彼女の優しい声が今はただの不安材料でしかない。

どれだけ近くに距離を縮めても、じわじわと心が犯されていくような恐怖は拭いきれなかった。


「ど、どうしたの拓人くん」


もう自分でも自分がどうしたいのか分からなくて、それも手伝い恐怖は更に深まっていく。


おかえりなさいの声も聞かず、ただ不安を収めたい一心で階段を駆け上がる。

俺の部屋まで辿り着き、そこでやっと我に返った。


「あ、ご、ごめん、なさい……っ」


ぱっと掴んでいた手を離し、彼女から視線を外す。

真紀さんは心配そうに俺の顔を除き込んでくる。


「…大丈夫?何かあった?」
「い…いえ……」


言えない。

こんな自分勝手な理由で、我が儘な感情で振り回したなんて、知られたくない。


じっと俯いて黙り込んでいると、ふいに髪を鋤くように手を滑らされ、頭を撫でられた。

そしてそのまま、彼女の目の前まで引き寄せられる。


「え…っ」
「泣きそうな顔、してる」
「っ!」


しゃがんで再び俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた真紀さんに、じんと目の奥が熱くなっていく。

そして涙腺の糸が切れたのか、ぼろぼろと涙が溢れてきた。


「真紀、さ…っ」
「うん。どうしたの?」
「やっ…優しく、しないで…俺以外のひと、見ないで…っ!」
「え?」


真紀さんは、俺なんかよりもずっと大人で。

経験の差だとか精神的な余裕の差だとか、言い出したらキリがないくらい、そういったものには引けを感じる。


だからこんな子供っぽい感情、口に出したくなんてなかった。

もっとずっと、彼女が遠ざかっていってしまいそうだから。


「すきっ…すきなんです、真紀さんのこと…っ!」


怖いのは、不安なのは、真紀さんが俺の側を離れていくこと。

俺を好きだって、言ってくれなくなること。

彼女の『愛してる』が、他の人に向けられること。


「こわ…く、てっ…だ、だから…っ!」


溢れる涙に邪魔されて、伝えたい言葉は一向に喉の奥から出てこない。


こんな醜い感情、知りたくなかった。
知らないままで、いたかったのに。

けれどもう、『それなり』なんかじゃ満足できない。『当たり前』じゃ、物足りないんだ。


傍にいられるだけで幸せなんて、とてもじゃないが、もう…思えなかった。


深く深く、溺れていく。
どんどん欲深くなっていく。


『好き』じゃ足りないこの気持ちは、もうこれ以上、どうすればいいんだろうか。


止まらない涙を拭うことに必死になっていると、真紀さんの指が、すっと俺の頬に伸びてくる。

そしてそのまま引き寄せられ、唇が重なった。


「んっ…!?」


開いていた口に、ぬるぬるしたものが入り込んでくる。

滑ったそれは止まることなくぐちゅぐちゅと俺の口内を掻き回してきて、身体が変な感覚を覚えてしまう。

しばらくしてそれが彼女の舌だと気付いたが、もう俺には抗う術もなく。


身体の内側を擦られる擽ったさにも似た妙な快感に支配されて、足の力が抜けてしまった。


「はっ…ぁん、真紀ひゃ…んんっ」


何度も何度も深く口付けられ、足だけでなく全身にぞくぞくした快感が走る。

更には口の中を舐め回すでは飽き足らず彼女が舌に吸い付いてきたものだから腰が砕けてもう立ってなんていられない。

それでも欲の深さというものは底知れないもので、もっともっと深いキスが欲しいと、腕が勝手に真紀さんの首へ。


そのまま長い長いキスを続けて、やっと口が離れるタイミングが揃った。



 

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