長編

□09
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とうとう脳までやられたかと自分のことながら他人事のように思った。

抱いて、なんて言葉を、今こんな状況で聞けるなんて、思ってもみなかったから。


「え、あっ……」


拓人くんの目は至って真剣で、私の方が気圧されてしまう。

…本気、なのだろうか。


「……いい、の?」


ああ、情けない。
緊張なんて、柄じゃないのに。


「…はい。あっでもあの、お風呂とか、入らせて貰えた方が…っ」
「ああうん、そうっ、そうだね、うん。わ、私もお風呂借りていいかな?」
「は、はい」


ダメだ、なんなんだこの拙い会話。

私がリードしなきゃいけないはずなのに。


いつもは、どんな風にしていたんだっけ。
さっきは、どんな感じだったんだっけ――。

ああ思い出せ私、混乱しすぎで記憶までぶっ飛ぶなんてそれこそ私の柄じゃない…!


「っえ、えっと、その…夜に、また来る、から…っ」
「あ、は、はい」


一度帰って、気持ちを落ち着かせて。

それから、拓人くんを、


(…抱く、んだ……)


舐めて触って吸い付いて。

…つい、そんな妄想までしてしまった。


「…今日は、泊まり込んでも、いいかな?」
「い、言っておきます!」
「…ありがと」


なんとか落ち着いてきた心が拓人くんの控えめな笑顔にまたきゅんと高鳴る。

確かに幼馴染みズの言う通り、私は変わったのかもしれない。


「それじゃあ、また夜に来るね」


まだ何色にも染まってない真っ白な彼を、私がこれから薄い黒で濁してしまう。

ズキリと胸が痛んだが、だからといってもうここまで来たら後戻りなんてできない。

私の欲深さは、私が一番よく知っている。


「…待ってます」
「…うん」


最後に愛しい恋人へ唇を重ねるだけのキスを残して、甘い部屋を後にした。



 

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