イナズマ裏夢

□焦がれるだけでは足りないのです
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どん。床に肩を押し付けられて身動きがとれない。女性ながら本当に、このお方は誰よりも強く気高い。由岐様の鋭い眼光が、獲物を捉えた猛獣のように俺を見下ろしていた。「円堂さんたちに手を出すなって、言ったよね」骨が軋む音がするほど力の入る腕とは裏腹に、彼女が吐き捨てる言葉がひどく冷たく突き刺さる。

「申し訳、ございません、由岐様…っ」なんとか彼女の怒りを鎮めようと絞り出した声も、口答えに聞こえたのか俺にかかる力は更に強くなる。「っ、ぐ、」思わず呻きを漏らすと、由岐様はゆっくりとひとつ瞬きをして、不快そうに眉をひそめた。

普段は気さくによくお喋りをなさるかただが、こうも怒っていると口数も少なくその要求は読めない。「も…申し訳、ございません…っ罰は、甘んじて受けます…!」あまりに状況が動く気配がないので、思わずそう口走ってしまう。また気分を害してしまったかと気が付くのはその後だ。

「っ、その…申し訳、」
「…バダップ」
「は、はい」
「今の私は多分、何を言われても怒りを抑えられないと思う」
「…え、」
「ごめん、もういい。バダップに当たっても仕方ないね。暫く私にその顔見せないで」
「え…?っ、し、暫く、とは」
「……『二度と』」
「っ、」
「って、今の私は思ってる」

冷めた視線を落とし由岐様は俺に背を向ける。『二度と顔を見せるな』。それが嫌に、胸の内を蠢く。今回の一件、彼女は確実にお怒りになるだろうとは思っていた。しかしそれでも俺には、心の何処かに笑顔の彼女がいて、仕方のないことだったのだとそれを向けてくれるような、そんな甘さが残っていて、「っ由岐、様」咄嗟に起き上がり彼女に駆け寄る。「どんな罰も受けます。私でよろしければ、存分に怒りをぶつけていただいて構いません。俺は、なんだって、」また、言葉にしてから気が付く。俺にとって一番の罰は、彼女がこうして、俺に何も、求めなくなることだ。

由岐様が振り返る。まだ、俺の言葉を聞いてくれる。それだけで胸の内に安堵が広がる。「……顔、見せないでって、言ってるよね」怒気を孕む声に、身体が硬直する。表情が歪むのを、抑えられない。「申し、訳、ありません」なんとか捻り出す声は、情けなく震えていた。

「…私は別にバダップに罰を与えたいわけじゃない」
「で、ですが」
「怒りに任せてバダップに酷いことする自分にも腹が立つの、だから」
「だっ、たら!」
「っ?」
「俺にとって最も辛い罰は、由岐様が…俺を、見てくださらない、ことです」
「…バダップ?」
「そう仰るのなら、まだ俺に情けをかけてくださるのなら、どうか、」

怒りでもいい。由岐様の感情が欲しい。情けない話だ、女性に縋りあろうことか罰を求める、など。自らの言動に羞恥を覚え、居た堪れず視線を落とす。と、視界に彼女の腕が映り込んだ。「え?」それは俺の手首を掴み、歩き出す彼女を追う理由になった。その表情は見えない、けれど手首にじわりと広がる熱が、無関心ではない何かを、俺に伝えていた。

連れてこられたのは由岐様がお使いになっている部屋。躊躇う間も無く、腕を引かれるがままそこに入り込む。背後の自動ドアが閉まる音がすると、由岐様は俺の左手を解放した。「服脱いで」俺を残し彼女はソファに腰を下ろす。「…え?」いいやその前に、いま、なんと、…服、を?「はやく」低い声に心臓が跳ねた。これは罰だ。羞恥を理由に、拒否を口にすることは許されない。

靴を脱ぐ。バックルに手をかけベルトを抜き、上着のボタンを外していく。俺の一挙一動を見つめる由岐様の視線に、羞恥からか、耳に熱を感じた。「ベッドに座って」一つ目の指示を成し終えた俺に、彼女は次の行動を示す。一糸纏わぬ姿を憧れのお方に見られている、不安にも似た不甲斐なさと、惨めで哀れな自分に、痛いほど胸を締め付けられた。

二つ目の指示を遂行し終えると、由岐様はその俺の前に立ち全身を観察する。身動ぎをしたい気持ちを抑えその視線に耐えていると、ふいに由岐様が俺の顎に手をかけ顔を上げさせる。「恥ずかしい?なんて顔してるの」情けない顔を、しているのだろう。けれど罰を受けると、いいや、受けたいと言ったのだ、羞恥心などにそれを邪魔させるわけにはいかない。

由岐様の手が、今度は俺の肩にかけられた。力を受けるがままベッドに身体を預け、熱を持たない視線を真っ直ぐに受ける。痛みを身体に教えられるのか、はたまた傷を残されるのか。いいや、どちらでもいい、それで彼女が俺を、求めてくれるのなら。

けれど予想に反して、彼女は俺の髪をかきあげ頭を撫でてくる。「っ、由岐様?」驚きのまま声をあげてしまう。はっと口を閉ざす。これは罰だ。彼女の行動に異議を唱えることも、まして俺が気分を良くしてしまうなんてそんなことは、あってはならない。

「気持ちいい?」
「…っ、そんな、ことは」
「嘘はつかないで」
「っ!も、申し訳ございません、その…こ、心地が、いい、です」
「そう」
「申し訳ありません!罰だと、いうのに」
「別に好きに感じてくれていいけど」
「そ…そういう、わけには」
「あっそ」

由岐様の指が、俺から離れる。「物足りなさそうな顔してる」表情を読むことに長けた彼女に、隠し事などできそうにはない。もうひとつ謝罪を口にして、自らを甘やかす感情に叱咤を唱える。「…なっ!?」そのときだ。由岐様の指が、あろうことか俺の陰茎に触れてくる。おやめください、と口にしかけて、咄嗟に飲み込む。由岐様の行動に俺が口出しをする権利などない。が、彼女の手に不浄のものが触れているその事実に、耐えきれないほど自らを情けなく思う。

その光景を直視できずきつく目を瞑る。これも、罰なのか。由岐様は肉棒を指で捏ね、時折先端を擦り、玩具のようにその箇所を弄る。「っ、…?」ぴり、と指先にもどかしい痺れ。かと思えば腿に、つま先にも同じようにそれは走る。一体なんだ、由岐様はこの痺れの正体も知って、この行為を選んでいるのか。けれどこれは、不快感、というよりも、「気持ちよくなってきた?」そう、なのかもしれない。由岐様にこんなことをさせてしまっている自らに不甲斐なさを感じながらも、身体中に這うのは、由岐様に触れられているという快感。口答えなどしてはいけないと理解していながら、あまりに罰とはかけ離れたこの行為に、どうにも疑問を呈したくなる。

これでいいのか。由岐様がなさる事だからと、俺は自らに言い訳をしているのではないのか。止めてもらうべきではないか。このままでは俺にとって、罰にならない。「由岐様、」けれど口から溢れるのは、拒否とも許容ともとれない情けなく上擦った声。発したそれに驚きが勝り言葉が続かない。「厭らしい声」顔に熱が上る。気付かれないわけもなかったのに。

「勃ってきた」
「…?」
「今何してるのか分かってる?」
「い…いいえ」
「『性行為』」
「…せ、……っ、な!!?」

まったく予想していなかった答えに驚きのあまり声を張り上げてしまう。性行為、それほど知識があるわけではないが、それは夫婦のような間柄の者同士が行う生殖活動のはずだ。由岐様が今俺の生殖器官に触れているのは、そういう意図があってのこと、なのか。これは罰のはず、だ。だというのに。由岐様が今俺に施すこれが、そんな意味を持つものだなどと、俺はそれを、どう受け止めればいい。

人間の性行為には本能的に快感を伴うのだと、動物の生殖行動を調べていたときだったか、見たことがある。今俺の身体を占めるこれは、性的な快感なのか。それを俺は、由岐様の手で受け、悦びを感じている、のか?「もーー申し訳ありませ、…っ!?あ、由岐、さ、まっ」それも生殖行動の準備なのか、硬度を持ち勃起をし始めた陰茎に由岐様はより強く刺激を与えてくる。熱が迫り上がるような感覚に背中が仰け反る。身体の芯から湧き上がるそれは、もどかしくもあり、それでも確かに、『快感』だった。

しかし、下腹部のあたりから込み上げる重量のある何かに息が止まる。「由岐、さまっ…せ、精子がっ、」おそらくこれは放精の感覚だ。尿とは違う質量のそれに、咄嗟に彼女に制止を進言するが、由岐様は止まるどころか、上下に激しく陰茎を擦り、まるでその吐出を促しているようで。

「〜〜っ、お、待ちください、由岐さま、」
「我慢して」
「っ!?は…はいっ、」
「…………」
「んっ…ひ、く、ぅうっ」
「…………」
「あぁっ、あ、由岐様っ、」
「我慢、ね」
「あ…ぁ、は、はい、耐え…〜〜ッ!」
「出しちゃだめだよ」
「は、いっ、ぐっ、うぐっ、ううっ!」
「我慢してね」
「んん、んっ、ふぅっ、待っ、由岐、さ、まっ、」
「射精しちゃだめ。我慢して」

由岐様から命を下されているというのに、俺の意に反して益々吐精感は強くなる。どこかに痛みを与えればと思い当たり舌を噛もうと口を閉ざす、が、その直前で彼女の指が口内に押し入ってくる。「傷、つけちゃだめ」指の先で俺の舌をなぞり、口から唾液をすくいとりそれを自らの唇へと運ぶ。一連の動作に思わず見惚れてしまううち、更に大きな吐精の感覚が陰茎に上った。

「我慢、して」心臓が大きく脈打ち鼓膜を震わせ、由岐様の声が遠退く。まずい。下半身が、快感しか拾えなくなって、「も、しわけっ、あ、ありませんっ、あ、ぁっ、しゃ、せい、がっ、もう、」言い終える頃には限界を迎えていた。「〜〜っんぁ、」精子が放出される感覚に、快感が最高潮に達する。由岐様の指に施しを受けて迎えた射精。頭が真っ白になるほど気持ちが良い。我慢をしろと、言われていたのに。

陰茎が吐精を終えて収縮し始める。「申し訳、ございません、由岐さま、射精して、しまって」息が整わず上手く言葉を紡げない。快感のあまり命に背いた俺を、由岐様はどう思うのだろうか。情けない、不潔だ、堪え性がない。彼女の反応を想像をして、自らに吐き気を覚えた。

「…我慢できなかったね」
「も、申し訳、ありません」
「射精気持ちよかった?」
「っ……は、はい。感じたことのない、肉体の、快感です」
「そう。じゃあいいや」
「…っえ?由岐様、」
「ごめん、頭冷やしてくる。それ処理しておいて」
「は、はい」

声音が暖かかった。怒りは見えない。「…由岐様、」俺は、あのお方の手によって、興奮と性的絶頂を覚えた。その事実が今更になって気恥ずかしく、枕元のティッシュで自らが吐き出したものの処理をしながら、布団に身体を預ける。鼻先を擽る由岐様の匂いに、手の中のそれが、どくんと脈打った。

 

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