イナズマ裏夢

□やめられない、止まらない。
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「ちゃんと話すの久しぶりだよね、由岐姉ちゃん!あ、秋姉は今ちょっと出かけてて、ああそうだ俺、雷門中のサッカー部に入ったんだ!」「うん、分かったからちょっと落ち着こうか天馬くん」久しぶりに訪れた秋ちゃん管理宅にて、久しい顔、というか頭を見つけ声をかければ、中学一年生になった彼はぴょんぴょんと跳ねてわたしを部屋に迎えてくれる。次から次へと喋りたいことが溢れてくるのであろう友人の親戚に口元が緩むが、なんにも伝わらないので一旦落ち着いてもらおうと思う。

天馬くんはそれでも興奮収まりきらぬ様子で、学校のことや部活のこと、サッカーのこと、試合のこと、と彼が学校生活においてなにに重きを置いているのかがよく分かる話をしてくれた。「あ……あのさ、由岐姉ちゃん」一通り話を終えて息をつき、わたしも貰ったお茶に手をつけると、天馬くんがふと、気まずそうに言葉を濁す。

どうしたの、となるべく優しくその続きを急かすと、彼はぎゅうっと膝の上で拳を握り込む。「み…見間違いだったら、ごめん、あの…その、この間……き、鬼道コーチと、きっ、き…」き。なんだろうか。鬼道くんにはよくこき使われて、生徒がいなくなった時間に雷門中に呼び出されたりはしている。仕事でヒロトにこき使われた後だからやめてほしいとそんな文句は、もう口から出ても空気に溶けることが分かっているのか、自ら引っ込んでいく。

鬼道くん外部の人間連れ込んでること教え子にバレてるよ、と心の中で彼にテレパシーを送っておき、天馬くんがやけに躊躇う『き』の続きを待つ。もごもご、そわそわ。一通り躊躇いきって、そうしてようやく天馬くんは意を決したらしい。「き、鬼道コーチと、き、キス、してた…っ?」お茶を吹いてしまった。こ、零さなくてよかった。

「……鬼道コーチって、まあ、あの、鬼道くんだよね、雷門中サッカー部コーチの」
「う、うん…」
「…うーん。いつのことかは分からないけど、まあ、してたの、かな?」
「き…鬼道コーチのこと、す、好き、なの?」
「ん?そりゃあ好きだけど…恋愛の好きってわけじゃあないよ」
「え、それじゃあなんで…」
「鬼道くんがしたいって顔してたから」
「えっ…」

ごめんね鬼道くん、教え子にきみのプライベートが流れてしまった。まあいつもわたしを突然雷門中に呼び出してこき使っているんだから身から出た錆ってやつだ、許してほしい。けれどあんまり、わたしのプライベート、というか爛れた『いろいろ』まで彼に教えたくはないかな。純粋にわたしを慕ってくれるうちは、「じゃ、じゃあっ…今、俺がき、キスしたいって言ったら、し、してくれる?」わたしもちゃんと彼を可愛い後輩と、し、て?今なんて言った?

それは興味のようなものから来る、疑問の形だった。けれど希望の意味が含まれているように聞こえたのは、彼の口からわたしの脳内までに誤変換があったのだろうか。「……『したい』って言うなら『できる』よ。でも天馬くん、あんまりそういうの」簡単に言っちゃだめだよ。大人として最低限守るべき線引きが続かない。わたしの答えに、天馬くんがぶわりと、期待をその瞳に込めたから。

誤魔化しがきかなくなってくる。どうしろと、どうしたいと言うんだ。これ以上を、わたしから踏み込むことはできない。けれどもしも天馬くんが、わたしが大人として引いたそれを、飛び越えてくると言うのなら。「由岐姉ちゃん、俺、由岐姉ちゃんと、きす、したい」熱の篭る視線に、ほんの少し、肺の中を後悔が占めた。

「いいの?はじめてなんじゃないの?」お茶を置いてひとつ、距離を詰める。「由岐姉ちゃんが、いい…」天馬くんが少し、身を乗り出してわたしとの距離を縮めた。「後悔しない?」止めるのなら今だ。今ならまだわたしは、彼の『いいお姉さん』でいられる。「うん…『したい』」唇を重ねる。かき消えた白線は、わたしの足の下だ。

ひとつふたつ、重ねるだけの軽い口付けの後、オレンジジュースの味がするそれを舌で舐めとる。「っ、や…」聞こえないな。まあ都合よく開いた口にそのまま舌を差し込みさらに深くオレンジジュースを味わう。する、する、とわたしの服の袖に天馬くんの手のひらが這う。それを誘導するようにわたしは、彼の後頭部に手を回した。

ゆっくりゆっくり舌の甘さを感じながら口内の唾液で音をたてる。舌を吸い出し絡めると、やっとその意味が分かったらしい天馬くんがそれに応えてきた。「ぁう、んんぅう、ん、〜〜っ…」ぎこちなくわたしの口の中へ、同様に舌を押し込んでくる彼に今度はわたしが応える。かつん、と歯が当たった。それでも天馬くんは自分のそれでわたしの舌の表面を撫でたり歯をなぞったり、必死に、うん、待って、息継ぎさせて。「っ、ぷは、はぁっ、はっ、はあっ、」舌を押し出し唇でリップ音をたて長い口付けに終止符をうつと、天馬くんは余程酸欠なのか肩で息をする。まあそうだよね、初めてだもんね、息継ぎのタイミングなんて分からないしできることなら離したくなんかないよね。

いつの間にか天馬くんの上半身がわたしに凭れ掛かり体重をかけられていた。密着しているそこへ熱がこもって体温が揃う。「も、もう一回、」強請るように縋るように、息が整わないままに唇に残った唾液を手の甲で拭いながら天馬くんがもうひとつ、わたしとの距離を詰めたそのとき。「っ、あっ…!?」何かに気が付いて、天馬くんはばっと勢いよく起き上がり後退りをした。「ご、ごめん、由岐姉ちゃん、あの」服の裾をぎゅっと引っ張りしきりに下半身を気にし始める天馬くんに合点がいく。意図的に隠されたその奥では、おそらく思春期の欲求が彼を責め立てているのだろう。今にも泣き出しそうなほど顔を真っ赤に染めて不安そうに縮こまる天馬くんの髪を撫でる。「大丈夫だよ、気にしないで。天馬くんの歳の頃ならよくあることだし、仕方ないよ」まして身体を擦り合わせ口内を刺激し合ったのだから、身体がそれを性行為の準備と捉えてしまっても仕方がない。

「お、俺、変なこと、考えたわけじゃ、なくて」
「うん、分かってるよ」
「き…キス、最初はびっくりしたけど、気持ちよくて…」
「うん」
「もっとしたいって思って、それで」
「うん、分かるよ」
「でもっ、由岐姉ちゃんと、キスしたんだって、思ったら、へ…変な、気分に、なってきて」
「…う、ん」
「お、俺っ、本当にっ、最初は、そんなつもりじゃっ、」
「…天馬くん」

だいぶ墓穴を掘り始めているが大丈夫だろうか。つまり今天馬くんはもう性欲を吐き出したい気持ちになってしまったということ。1人でじっくりとそれを愛でながら快感に浸りたいだろうか。それとも、ここで出て行くのは、少し、薄情だろうか。後者はわたしへの言い訳なのかもしれない。それも理解していながらわたしは、天馬くんの身体を、抱き寄せる。「っ、えっ!?由岐姉ちゃんっ…!?」あまりに愛らしく、純粋に、わたしを感じてくれるものだから。わたしも少し、愛欲に、渇いてしまった。
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