イナズマ裏夢

□声フェチってやつですか
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ピリリリリ。眉間に皺が寄るほどの、大音量の着信音で目が覚める。枕元の携帯を掴みながら月明かりの差す部屋でふと時計を確認すると、その短針は2を超えていた。眠い。誰だ、こんな夜中に。携帯を開く。「……フィディオ?」見慣れた着信画面に表示された予想だにしない名前に、眉間の皺が深くなる。何か緊急の要件だろうか、でもわざわざわたしに電話を寄越す案件とは一体。

「はい、もしもし」
「あっ……由岐?」
「フィディオ?どうしたの」
「い…いや、ごめん、こんな夜中に」
「…?うん、大丈夫、どうしたの」
「っ、あ…その」
「うん」
「……少し、話したくて」
「………今?」

あまりに不審な回答に、思わず訝しげな声が出てしまう。フィディオがひゅっと、息を飲んだ気配がした。「あ、ごめん、嫌ってわけじゃなくて…何かあったの?大丈夫?」明日の朝ではいけなかったのだろうか。もちろん練習があるから、と言われれば素直に頷けるものだが、それにしても深夜2時を回ったこの夜更けに、メールでもなく電話をかけてきた理由を知りたい。けれど、ああ、声を出していても、眠い。「…フィディオ?」わたしが眠気に襲われている間にも返事がないので、再度答えを促す。通話口からは、うん、と、あからさまな生返事が聞こえた。

よく分からないが、とりあえず緊急の要件ではないらしい。怖い夢を見て誰かの声が聞きたくなった、なんてほど可愛らしい理由ではないと思うけれど、わたしと話をしたいというのは強ち嘘でもないだろう。眠い、が、非常識と分かっていながら電話を寄越すからにはそれなりの理由があるのだろう、と思うから。「付き合うよ、何話す?」ああでも、ちょっと声が掠れてるから、何か飲み物をとってきてからでもいいかな。

しかし返事がない。しきりに会話が途切れるのはなんなんだ。「…フィディオ」聞こえているのだろうか。ベッドにいるのか、電話の向こうに、ギシリと、スプリングが軋む音がした。「フィディオ、聞こえてる?大丈夫?」眠いなら切ろうか。それとも、眠るまで話していたいのかな。構わないけれど、反応がないとわたしも眠ってしまいそうだ。

「フィディオ」
「あっ…うん」
「目的だけ聞かせて。眠るまで、って言うなら、わたしが一方的に話すけど、話しかけた方がいいかな」
「ん……」
「フィディオ、答えて」
「っ、あ…ご、ごめん、なに?もう一回…」
「…………」
「……由岐っ…?」
「あ、いや。ごめん。フィディオいまオナニーしてる?」
「ん、えっ!!?」
「えっ?」

びゅお、と、携帯が風を切るような音がする。びっくりした。さすがに本心からの問いではなかった。彼の意識を向けさせることが目的だったわけで、そんなに過剰な反応をされるとも思わなかった。また生返事が返ってくるかとすら思っていた、が、まさか。「…え?ほんとに?」想定外だ。わたしがそんな軽薄な女だと、知っているのだろうか。いや、もしかして、電話越しの何も知らない女性をオカズにすることに、興奮を覚えたりするのだろうか。う、ううん、特殊な性趣味。「ご…ごめん…」答えを待って黙り込んでいたわたしに、携帯を拾い上げたらしい彼の、絞り出すような謝罪が届く。あっ、ご、ごめん。

「話すだけって、思ってたん、だけど」わたしが謝罪を返す前に、フィディオはまた喉の奥に空気を詰めたような声で続ける。「いま、由岐の声…ちょっと掠れて低くて、色っぽく、て」そ、そう言われると恥ずかしい。褒め言葉と言うなら嬉しいけれど、そこに含まれるのは邪な妄想なのだろうと思うから、余計にだ。「ご、ごめん、気持ち悪い、よな」どうやらわたしの日頃の不謹慎加減は知らないらしく、ひとり追い詰められていくフィディオは今にも切腹をしそうだった。ま、待った待った。

「いいよ、続けてよ」
「…えっ?な、何言って、」
「えっちな声聞くの、好きだよ」
「………っええ!!?」
「聞かせてくれる?」
「えっ、で、でも、えっ!?」
「いや?」
「いっ嫌じゃないっ、けど、えっ、由岐…って」
「こんな女だと思わなかった?ごめんね」
「っ…由岐のこと、清楚で素敵な人だって思ってた」
「ん、うえ?」
「だから…こんなことが好きなんて、そんなの、あり得ないって…でも、いつも、想像してたんだ。こんな風に、積極的な由岐の、こと」
「…へえ」

わたしはフィディオにとって、清楚なイメージなんだね。もう一度、それを纏った方が良いだろうか、それとも。「由岐…声、聞かせて、ほしい」そうだね、もう、戻れもしなければその必要もない。近付くのは、いつだって少し、怖いけれど。「じゃあ、フィディオが考えてたわたしのことも、教えてね」通話口の向こうで、息をのむ気配がした。

ひとつ、熱っぽく息を吐いて、フィディオは息遣いでわたしを呼ぶ。はじめてが電話越しなんて、やっぱり少し勿体ないかな。カシュ、と、ポリエステル素材の布が擦れる音が続く。それは声が繋がる先で、彼が普段決して人前で晒すことのない姿をさらけ出しているということで。もしかして本当に、自らの痴態を人に晒すことに興奮を覚えるのかもしれない。羞恥を噛んでいるのならそれはそれで、やっぱり見てみたいな。

「どうして電話くれたの?」すっかり覚めてしまった眠気を継ぐように、加虐心が言葉を濡らす。話すだけと、それすら我慢がきかなくなったのは。「……今日見たAVに、由岐に似た女の人がいて」う、ううん。予想外。わたしまだ14なんだけど、一体その女優さんはいくつなのか、いやいや。「それ、わたしだと思って見てたの」うん、と、また一段甘くなる声に口元が緩んでいく。

「わたしはどんなことしてたの?」
「……キスするみたいに、ペニス舐めたり、身体…擦り付けてきたり、……っ、顔やナカに、出されたり、」
「そっか、それじゃあフィディオは、わたしに自分のおちんちん舐められたり、身体でこすこすってされたり」
「っあ、んぅっ!」
「わたしの顔にびゅくびゅくって精子出したり、びゅーって中に出して、種付けすること想像してたの?」
「っひ、ぁっ、も、もっと…もっと言って、由岐っ」
「ふふ、なにしたいのか言ってくれないと」
「〜〜っ由岐、由岐に射精したいっ、精子かけて、た、種付け……っ」
「…わたしのことオナホみたいにぎゅうってして、腰ぐりぐり押し付けて、一番奥で」

びゅぅって、したいね。「〜〜っ!!由岐もうっもうイクっ、た、種付けっ、する……っびゅって、びゅぅっ、て、あッ」しこしこしこ、とえっちな漫画の効果音のごとく激しく響いていた摩擦音が消えて、代わりにギシギシとベッドのスプリングが軋む音がした。彼が息をのむ気配がしている。余計な茶々を入れるのも躊躇われるほど艶やかな沈黙の中、はあ、とひとつ、恍惚としたため息が聞こえた。「んぁ…由岐、気持ちいい、」うわごとのようにそう言って、フィディオは快感の余韻に浸る。息が整ってきて、携帯がばたりと落ちる音が、「えっ、フィディオ?」返事のない通話口の向こうでは、微かに寝息が聞こえてきていた。
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