イナズマ裏夢

□受験生は忙しい!
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コポコポ、とケトルにお湯が沸く音がする。「炭酸水素ナトリウムや硫化鉄の化学反応式は、定期テスト用には覚えておいた方がいいよ。受験用には応用でバリウムの関連かな」すらすらと彼女の薄いリップで彩られた唇から溢れるそれは、素直に尊敬に値すると同時にどうしようもない距離を感じる。この化学式の羅列もこんな夜更けに机に向かう習慣も、遠い昔に、彼女は経験し終えている。俺がいまこうして頭を悩ませている問題は、いつかの彼女に何を齎したのか。俺はそれを同じように、経験するのだろうか。

勉強を教えて欲しいと、もう2週間も前から約束を取り付けていた。待ち望んだ今日この日、秋の半ば、金曜の夜。社会人の彼女は土曜だというのに明日も仕事だという。仕事は急に決まったことで仕方がなかったと、ずっと約束をしていたのだから大丈夫だと、彼女は何も知らず押しかけた俺に文句ひとつ言わず今も問題集に目を通している。

「篤志くんは数学的な捉え方が得意だね」カシュ、と赤丸のついた問題集を受け取って、ありがとうございますと、彼女に届けるでもなくひとつ、落とす。顔を上げて彼女の部屋の掛け時計を確認すると、その短針は既に11を過ぎていた。「今日は終わりにしようか。部屋の中なんでも、好きに使っていいからね」20半ばの女性の一人暮らしにしては随分と広いマンションの一室。彼女は背伸びをして立ち上がって、マグカップにコーヒーの粉末を落としていた。今日もまだ、仕事が残っているらしい。

「でも本当にいいの?明日、わたしが帰るまで留守番なんて」
「別に…勉強してますから」
「ううん…合鍵渡しておくから、好きに出入りしていいからね。部屋の中も、なんでも使ってね」
「…気を、使わせてますか」
「え?」
「…いや」
「…分かった。それじゃあお留守番、よろしくね。そんなに、遠慮しなくていいよ。何か飲む?それとも、もう寝るかな」
「……起きてます、けど、飲み物は別に」
「そっか」

温まったケトルを持ち上げ1人分のコーヒーを注ぐ彼女を、髪に隠して盗み見る。俺には向けない、凛と尖った視線。タブレットに細く白い指を這わす彼女に見惚れて息の止まっていた自分に気付く。居た堪れず視線を手元の問題集に戻して、緊張と不安の入り混じる胸の空気を気付かれないように吐き出した。

気にするなと言うのだから、遠慮をするなと笑うのだから、俺が悩むことでもないのかもしれない。机に腕を組み顔を埋めて目を閉じる。久しぶりに会うのだからと、少し、期待をしすぎていたのかも、しれない。仕事で忙しいと、どうして思わなかった。今からでも帰ると言えばいい。俺に気を使わせている時間が心苦しい。同じ空間で別のことをしているこの孤独感が痛い。それでも、と、腕に力が篭る。今日じゃなければ、いつなら会えたんだ。何を口実にすれば彼女を休日に呼び出せた。今、俺とこの人を繋ぐものは何もない。今日だって彼女が俺に時間を割く理由なんて、「あーつしくん」わしゃ、と髪を乱された。あまりに突然で、驚きに肩が跳ねる。顔を上げれば由岐さんは、テレビのリモコンを持ってにこにこと、俺の隣に座って、ソファに背を預ける。「ロシア戦今日でしょ、見る?」あんた、明日仕事なんだろ。それだけの言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。その代わりとばかりに頬が緩みやがるから、ぐっと唇を引き結んで小さく、頷いた。




結局後半1-1、アディショナルタイムも終える頃には夜更けも夜更け、試合の興奮覚めやらぬ中もうこの人寝る時間ないんじゃないかとふと思って隣を見ればいつの間にか手に持った飲み物がコーラに変わっている彼女ははあ、と幸せそうに息をついていた。「さすがに寝る!」背伸びをひとつ、それから視線が交わった。「篤志くんどうする?」まあ、寝ますけど。

彼女がコーラのペットボトルともう2時間も前に飲み干したコーヒーのマグカップを洗っている間に洗面所を借りて就寝の準備を済ませる。「あ、ベッド使ってね!」寝室を指差す彼女とすれ違い、示された先へ。そこにあるのはダブルベッド。いつも、由岐さんが使っているもの。いや、と、騒ぎ始めた心臓を落ち着かせる。今更ベッドくらいでなんだ、どうせここには俺以外の男だって寝て、………くそっ嫌なこと考えた。だいたい一人暮らしならシングルでいいだろなんでダブル。なんのために。ああくそ、何考えてももやもやする。

枕元の時計は現在3時18分。目覚ましのタイマーは7時半に設定されていた。「あれ、寝ないの?」ベッドの傍で立ち尽くしていると就寝準備を終えたらしい由岐さんが顔を見せる。ストンストンと、彼女のスリッパの音が向かう先はクローゼット。その3段目から来訪者用の布団らしきものを取り出して俺の足元に敷く。「…ふつう、そっちが俺なんじゃないですか」彼女は目を丸くした。「布団派だった?」いや、別にそうじゃねえけど。

布団をセッティングし終えて早々に寝床に潜り込む由岐さんにもう諦めがつく。これ以上彼女の就寝時間を削るわけにはいかないしな。「それじゃあ、おやすみ」ピッ、と、照明が落ちる。窓とカーテンの隙間から漏れる月明かりは遮光カーテンが綺麗に遮って部屋に入り込むことはない。布団に潜り目を閉じ、………待て。枕に頭を埋めた瞬間鼻腔をくすぐるそれに思わず息を止める。いや意識するな、匂いくらい気にしなければ、意識、しなければ、…………。くそっ仄かに香る方が気になって仕方ない。いっそ慣れてしまえばいいのではないかと、掛け布団に、鼻を寄せる。「…っ」変態か俺は。それを取り込んだだけで、その空気は質量を持ってつま先まで届く。堪らず背を丸めるが、身体に回ったそれが抜けていくわけもない。慣れるだろうなんて、浅はかだったか。

何度も繰り返し、息を吸い込む。「っはぁ、」それがもう匂いに慣れるためなのかそれともただ欲望のまま繰り返しているのか考える余裕もない。ただ確かなのは、もう誤魔化しようがないほど気持ちがむらむらしている、ということだ。

肩口に振り返り早々に寝息を立てていた彼女を確認する。寝てる、よな。その寝顔に背を向けたまま、腿の間に右腕を挟み込む。少し、だけ。そのうちこんな気分は治って眠気が襲うだろう。だからそれまで、甘い刺激だけ。「……っ、」軽く、揉むだけ、「んっ……ふ、ぁっ」少し、動く、だけ、「っ…はぁっ、由岐…さ、」さ、触るだけだ。竿は扱かない、先っぽを弄るだけ、「〜ッあ、ん…っ」腰が跳ねる。くそっ敏感になってるなら先に言え。漏れ出た情けない声を抑えたくて枕に顔を埋める。重く気管を濡らしていく匂いに指先が痺れた。「ん…ふっ、…っく、ぅ」まずい。扱きたい。腰の奥が甘く疼く。もどかしくぴりぴりと口の中が渇く。くそ、由岐さんに仕事が入らなければ今頃もしかしたら、なんて妄想ばかりが腰を揺らめかせる。ギシ、とベッドが軋んだ。さ、さすがにこれ以上はまずい。全然治らねえしトイレで抜いてきた方が早いか。布団を剥いで起き上がってそろりと床に足をつける。ああくそっ今すぐここでべとべとの下着取っ払っておもいっきり扱きた、「っ!?」ピッ、という電子音とともに照明がついた。足元の違和感に目を向けると見事にリモコンを踏んでいる。「んん、?」由岐さんが薄く目を開く。まずい、と咄嗟にベッドに戻ろうと力を込めた、「う、わっ!!?」途端、リモコンがベッドの下を通ってすっ飛んでいく。その反動で俺は、由岐さんの身体に向かって、落ちた。

「うぐぅっ!!?」
「す…すみま、せん」
「い…いや…大丈夫……篤志くんこそ大丈夫?」
「…はい」
「そっか、良かった。お手洗い?」
「…っ」
「ん?」
「い、いえ……いや、はい」
「う、ううん?」

一連のハプニングにも治まる気配のないそこを咄嗟に服の裾で隠す。隠した後に、まずいと気が付いた。「…ありゃ」彼女の視線がそこに向く。ああもう気付かないふりしてくれよ、朝早いんだろ。そのまま何も言わないでいてくれれば俺は勝手に1人で処理するから、あんたの負担にはならないから、だから。「トイレでひとりえっちしようとしてたんだ、篤志くんやらしーい」にっこりと口角をつりあげた彼女に引かれ、後ろから抱き竦められる。「由岐、さ、んっ」なんで、構うんだよ。今3時半だぞ分かってるのか、起きるの7時半なんだろ。俺に構ってたら仕事、つらくなる、だろ。

俺の気も知らず由岐さんは柔く服の上からその形を確かめるように、服を押し上げる先端の部分を人差し指と中指で挟んで撫でてくる。「ん…っや、やめ、」もういい、今ならまだ1人で抜けるから離してくれ。その指に熱を分けられると、身体が、あんたじゃないと嫌だと、譲らなくなるから。そうなる前に、冷ましてくれ。「んっふふ、篤志くん先っぽぐりぐりってするの好きだったよね」楽しそうに彼女はその先端に、掃除でもするかのように服越しに手のひらをぐりぐりと擦り付ける。「んッあ、」思いっきり掻き毟りたいくらい喉の奥がぴりぴりした。身体が由岐さんの愛撫を思い出してきやがる。

「染みができちゃった、すごい厭らしいね」
「あっ…そ、それ、やめ、て、くれっ」
「とんとんってするの?好き?先っぽごしごしするのも気持ちいいよね、服のざらざらとえっちな液のぬるぬるが擦れて」
「あ…ふっ、あぁああ…」
「あん、えっちな液お漏らししすぎだよ、そんなにごしごし気持ちいい?おちんちんがもっと、ってぴくぴくしてる。篤志くんいつもこんな風におちんちん虐めてあげるの?」
「ち、違う、してな、いぃ…っ」
「うそ、腰揺れてるよ。足ぴんって張っていやらしいなあ、気持ちよくなる方法知ってるから、我慢できなくなってるんだよね」
「いっ…嫌、だ、見るなっ」
「…ほんとに?見られるの、恥ずかしくて興奮するでしょ?えっちな言葉で虐められるのも、篤志くん、好きだもんね」

違う。それは、あんたがそんなに甘い声で、俺に構うから。それだけだ、卑猥な言葉が欲しいわけじゃない。はず、だ。「まだ、やめてほしい?」くそ、聞くのはずるいだろ。やめてほしいわけがない。やめてほしくない、いま止められたらどうにもできない。もう、その指で俺に、快感を、教えてほしい。けど。「…っやめ、て…くれ」あんたの負担にはなりたくない。最早意地でも貫き通してやる、さっさと寝ろ!

身体を捩りそう告げると、由岐さんの手が止まった。やっと息もできないほどの快感が少しずつ引いていく。引ききらないことが分かっている身体は早く次の刺激をと疼き始めるが、今身体を揺らすわけには、彼女に擦り付けるわけにはいかない。理性とプライドだけで身体に力を込める。もう頼むから早く離してくれ。「まだ、その気になってくれないの?」耳が蕩けるほどの甘い声。縋るような強請るようなそれが身体の芯に響いて腰が砕ける。また、彼女の指が俺を虐めはじめた。

「あ…ッ由岐さ、や、やめ、」思わず四つん這いになって逃げ出す体勢を作りながら前のめりに身体を丸める。蹲って急所を隠しているにも関わらず先走りでぐっちゃぐちゃの下着もろとも硬く張った肉棒を強く揉まれて腰が跳ね上がった。びくん、びくんと少しずつ、彼女に見せつけるように尻が上がっていく。もう意識でどうにかなるものでもなくて、とてつもなく恥ずかしい体勢を晒していると理解していながら、そのまま、恥部を見せつけるように、腰が揺れる。「…直接見せて、ね」抵抗もできずいとも簡単にズボンを下ろされる。染み付いた粘液が先端から糸を引いて、それを辿るように由岐さんは俺の陰部に手をかけた。「っひ、ぃ、あッ…!や…やめっ、そ、それ、」上下に搾り取るように扱かれて、あまりの快感に足がガクガクと震える。一本の筋が通るようにつま先から喉に届くぴりぴりとした疼きに理性が侵される。「まだ、やめたい?」彼女の手が止まった。瞬間、不安にも切なさにも似た気持ちの悪い空気が肺を這う。もう、もうあと少し、少しだけだ、だから、「し…したい、やめ、ないで」吐き出す空気に混ぜて小さく漏らす。ああもうくそ、なんで、そんなに。「うん、やめてあげない。恥ずかしい格好で、いっぱい精子びゅーってしてね」いやらしく俺を責め立てる声に、手つきに、ついに快感が身体に回りきる。血が溜まるように顔が熱くなっていく。耳と口から押し込みきれなかった熱が漏れて、その通り道が、掻きむしりたいくらい疼く。それでも残る熱は目尻から頬を伝った。「んんぅっ、ふ、ぁ、も…もう、い、イく、で…っ出る、むり…由岐さん、由岐さん…っ」熱に浮かされて、何度も彼女の名前に欲を込める。好き、と、胸の内で、吐き出せない声を、回しながら。「いーよ、篤志くん」けれどそれに応えるように彼女が俺の名前に熱を込めてくるから、堪らなくなってひとつだけ、小さな声で布団に埋めてしまった。

「ただいまー」
「…おかえりなさい」
「篤志くん!ほんとに待っててくれたんだ!」
「…まあ」
「おかえりって言ってくれる人がいるの、すごく嬉しい」
「…っ」
「あれ?いい匂い。……もしかして何か作ってくれた!?」
「…そんな、上手くはないですけど」
「嬉しい!!ありがとう篤志くん〜〜大好き〜〜!!」

 

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