イナズマ裏夢

□近付いて遠退いて
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眠ってしまったわたしも悪かったのだと思う。それは多感な思春期の少年の情動を掻き立てるには、十分なシチュエーションだったのだと、思う。ふわりと、花が開くような温さで唇に熱が籠る。それはわたしの吐き出したものが押し戻されたのかそれとも触れた彼の柔い唇が、この噛み付きたくなるほどにもどかしい熱さを持っているのか。口の中にまで溢れてくる擽ったいそれに舌が痺れた。こんなに甘ったるくて胸焼けがしそうなバードキス、齢12にも満たない少年が、どこで覚えるのだろうか。

小学生のそれとは思えないくらいに扇情的な唇が離れてすぐ、肺の酸素でも燃やしているのかと思うほど熱い吐息がわたしを焦がす。鳥肌が立ちそうだった。息がかかったそこから火傷が広がる。これが、彼がわたしに寄せる熱情であり密かに灯し続けた劣情なのだという事実に、わたしは『胸がざわめく』という切なくも熱い高鳴りをはじめて知った。

心地の良い微風が、気まずげに止む。今日は、小さな友人が久しぶりに遊びに来てくれる日だった。もう2年ぶりに会う彼は、今日は幼さを押し込めて、精一杯の背伸びを見せてくれる。そんな彼が可愛らしくて可笑しくて、笑ってしまうと、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。「俺はもう、由岐さんが思うほど子供じゃありませんよ」『俺』なんて大人ぶった一人称に、また笑ってしまった。その言葉に実感が湧くのは、もう少し先だと、そう思っていた。

先にうとうとと眠ってしまったのは、拓人くんの方だった。この穏やかな春の日和、暖かな日差しが差す昼下がり、眠くなるのも当然のことかもしれない。かくいうわたしも、昨日は定時直前に横入りした緊急の仕事が長引き、ここに帰ってきた頃には日付を跨いでいたもので、この陽気には眠気を誘われる。少し眠ろう、隣で眠る彼が起きたなら、きっと起こしてくれる。そう思って、瞼を閉じた。

瞼の向こうに落とされた影が、わたしを起こした。肩に力がかかっている。そうして次の瞬間に、わたしの唇には、痺れるような吐息が触れていた。「……由岐、さん」自らその名を明かしてくれる声に、ほんの少し、脳が縮むように感じる。ああ、ごめんね。そんな風に呼ばれてしまったら、わたしももう、きみを戻せはしないよ。

目を開けば、驚きに瞳孔を開いた彼が目の前にいた。彼の跳ね退く首にすぐさま腕を回し、わたしの胸の熱さが伝わるほど近く、その幼さばかりが残る愛らしい顔を引き寄せた。「由岐さんっ…起きて、いたんですか」覚ましたのはきみの可愛らしい顔に似合わない情熱的なキスだよ。含みを込めて口角を上げれば、拓人くんはわたしを映す大きな瞳をぐらりと揺らした。もうひとつ、腕に力を入れて彼に近付く。びくりと、拓人くんの身体が強張って、そこで遂に目をそらされた。

「近っ…い、です…っ」
「さっきはもっと近付いたくせに」
「っ、」
「このままだと、もう一回、しちゃいそうだね」
「や、やめ、離してください、」
「どうしようかな」
「あ……っ」
「息、熱いね。火傷しそう」
「…っ!」

唇の先が、触れるか、触れないか。下手をすれば、なんて、そんな距離だ。お喋りをしているだけで彼の二酸化炭素がわたしに籠って、酸欠になりそうなくらいの、距離だ。「やめて…お願いですから」熱いと言った息を気にしているのか、拓人くんは肩が強張るほどに呼吸を止めて、声だけでわたしに答える。目眩がした。堪えても堪えても溢れてくるらしい、彼の後ろめたい体温に。

「キス、したかったの?」年頃の男の子だもん、興味がわくのは仕方ないよね。「バレないと思った?」思うよね、目の前で眠っていたわたしも悪かったもんね。「どんな気持ちだった?」キスしたいって思っちゃったんだもんね、それが何の抵抗もしない意識のない異性なら、そんな間違いが起こっても不思議じゃあないよね。「拓人くん」これでもかというほどに甘く甘く、優しく愛しく熱を込めてそう囁けば、拓人くんは限界を告げる。ごめんなさいと、何度も、その声を背徳に濡らして。

じんわりと、腰の奥から滲み出る嫌なざわめき。「ごめんね、意地悪だったね」ぱっ、と彼を捕まえていた腕を緩めいつも通り、優しいお姉さんが笑う。拓人くんは怯えたようにわたしの腕の中で距離をとって、またひとつ、ごめんなさいと呟いた。「…でも、ちゃんと、していいかって、聞いてほしいな」ああ、でも、眠っていたわたしが、悪いのか。口の中に残ったままの甘い酸素は、舌でひとつ、舐めとった。

わたしの足に跨るその腰を引き寄せて、耳を擽る。子供ではないと言うけれど、大人にもなりきれない少年は、目を見開いた。きっと、叱らなければいけなかった。次にその薄桃が開くとき、戻せなくなることも知っている。自らを大人と自負するならば、その一線は、曖昧にすべきじゃない。けれどもう、なにもかも、今更なのかな。「……由岐、さん」緊張が見て取れるほど硬い声。可愛らしくて、わたしまで初心な高鳴りに侵されそうだ。「き…キス、しても…いい、ですか」ごめんね、戻してあげる気もなかったなんて、きみが知ったら軽蔑するかな。

ふわふわと柔らかい髪に指を差し込んで、頭を引き寄せる。ぐっと引き結ばれるそれを舌でこじ開けて、甘く滑る唾液をすくい取った。「ふ…っ、ぁんっ…んんっ」こんな色情的な口付けを知る歳でもないはずなのに、悪い子だ。もっと味わわせてほしくて、唇を合わせる。舌を絡めて遊んでいると、ふいにその動きが鈍った。躊躇いのようなそれに疑問を持つ暇もなく、温い熱が籠る太ももに摩擦が起きる。「ふ…っ、ん、ん」ああ本当に、いじらしいくらい、悪い子。

足に当たる違和感を持ち上げて弄ぶ。すぐに気が付いたらしく上半身が反射的に距離をとろうとしてくるけれど、こっちも、止めてはあげないよ。「は、んっ…む、ぁ、……っ、ひ、」諦めたのか無意識なのか、腰が前後に大きく畝る。それに伴い、わたしの舌に響く声が甘くなっていく。耳まで浸す熱に徐々に自制心を解いていく彼は、より一層いやらしく腰を捻り、自らを責め立てる欲望を擦り付けてきた。これ以上のことも、知っているのだろうか。この幼い少年が?ぞわぞわと、胸に騒がしいほどの疼きが這った。

「んっ、はぁっ、は…ぁ、んくっ、ぁん…」
「…拓人くん」
「っ?…っあ、ご、ごめんなさい!」
「うん?なにが?」
「え…っ、そ、それは、あの」
「ここ、擦り付けたこと?」
「ぁっ!?待っ……そ…それ……んんっ…」
「待つ?」
「っ!い…いやっ…」
「……してほしい?」
「……っ、し…して、ください…」
「気持ちいいんだ?」

俯き頷いたその顔は真っ赤だった。あまりに愛しく思えて、熱を籠らせ蒸れた髪と首の隙間に指を差し込み上半身を抱き寄せる。彼の反った腰から衣服を捲り上げて、身体の芯を温めるように肌に触れれば、強張っていた身体から力が抜けた。「ふっ……ふぅっ、あ、〜〜っふ…」その強張りが落ちていくかのように、足先がぴんと張るほど力んでばたついた。浅ましく鈍い性感に縋る姿に、切なさにすら似た興奮がわたしを染める。背中に回した腕をさらに強く引きつけて、その腰使いを助長すれば、わたしを挟み込む太ももがびくんと跳ねて、ぎゅうっと背を抱かれた。

学校で、好きな子はいるのかな。恋をしたことはあるのかな。本来なら、これは恋という感情を伴ったうえで行うべき秘事だ。身体だけで味わう性など、少なくとも今はまだ知るべきではない。けれども、男の性すら満足に演じられず情欲という言葉も識らないこの少年が、こんなひとり遊びのような行為で男という性の快感を感じている。身体を染める悦びに、羞恥を天秤にかけることも忘れて溺れきった情けない『男』が、もうちょっと、あとすこし、と、理性も我慢も自制心も失って、『そのとき』を欲し甘美な刺激を求めて必死に痴態を晒す様が、わたしは。「はぁ…っ、ふ!〜〜っぁ、っ、あ……っ」力任せに抱かれ、局部を擦り付けられる。鼻息を荒くしながら一心不乱に揺らしていた腰がびくんと跳ねて、それからぴくぴくと、痙攣したように震える。いま、肉欲の絶頂を、ぴんと張り詰めた身体で感じているのだろう。頭から指先、足先まで快感を行き渡らせて、全身で興奮の極致を味わったあと、ふっと、力が抜けた。余韻を味わうように、もぞもぞと身動ぎながら、息を整えている。

「もういいの?」
「っ、ご、ごめんなさい!そ…その、こんな、こと」
「…必死に押し付けてたの、おちんちんだよね。おちんちん、わたしにすりすりして、気持ちいいの?」
「えっ!?あ……それは…その、……きもち、いい…です」
「…でも、おちんちんすりすりするの、いけないことだって分かってたんだよね。なのに、やめられないの?拓人くんは変態なんだね」
「へ…っ!?ち、違います、俺、そんなっ……だって、…由岐さんだって、あ、足で」
「……わたしのせいなの?」
「ちっ…違っ、で、でも…あ……う、ご…ごめん、なさい……っ」
「……ごめん、意地悪だったね。大丈夫だよ、拓人くんだけじゃなくて、みんな、したくなっちゃうことだよ」
「っ、え?」
「こういうこと、本当は、好きな人と一緒にしなきゃいけないんだけど。特に男の子は、えっちな気分になるとおちんちんがむずむずしてくるから、ひとりでも我慢できなくなっちゃうよね」

『えっちな気分』に覚えがあるのか、彼は頬を染めて惑う。どんなことに情欲を誘われるのか、それにはとても興味があるけれど、それはまた今度にしようか。「オナニー、っていうんだよ。恥ずかしいことだから、本当はひとりでこっそりしなくちゃいけないんだけど…それは、知ってた、かな」ひとりでこっそり、してるのかな。あんなに大胆だと、心配になっちゃうな。

「でも、押し付けるやり方、あんまりよくないから…次からは、こうやって」身体を離して、今しがた揉みくちゃにされたばかりで熱が籠るそこに服の上から触れる。探り当てた肉棒を直立させ、人差し指と中指、2本の指の隙間にぴんと可愛らしく衣服を押し上げるそれを挟み、上下にとんとんと擦れば、鈍いながらもその刺激に甘い疼きを感じたらしく、拓人くんは恍惚と蕩けた瞳を惜しげなく晒してくれる。「…こんな風に、こすこすってしたり、先っぽ、ぐにぐにしたり、玉もちょっとさわさわってしたり……ね、もう、気持ちいいこと覚えられたよね」指を離すと、彼の唇は物足りなさげに開閉する。だめだよ、まだ絶頂感が残ってるから、興奮しているだけだ。やっと冷静になったとき、拓人くん、きっと今日の自分が恥ずかしくて泣いちゃうよ。わたしを責めてくれればいいけれど、そんなことできないでしょう。「また今度、今日のえっちな気分が冷めたときに、ね」その冷静な頭で、それでもわたしを欲するなら、そのときは。なんて、それも、今更、かな。

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