イナズマ裏夢

□口付けも知らない
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※『にがいおとなのあまいおくすり』続き

シードの監視係、と言うには、あまりに甘い女だと思った。監視らしい監視をされた覚えもなければ、フィフスセクターのそれ以外にも仕事をしているらしく俺の監視に専念をする姿を見ることは一度もなかった。彼女の所有するマンションの一室も、好きに使えと与えられたその日に監視カメラや盗聴器の確認をしたものの、それらしいものは何一つ見当たらない。自由に動けるに越したことはないが、よくもあんな適当な監視が咎められないものだ。

俺の命令なら大概のことは聞くらしい。新しいスパイク、タオル、マウンテンバイク、駅前の3時間待ち数量限定和菓子。こんな子供の『我儘』、よく聞いていられるな。本人が駅前で開店2時間前から和菓子屋の前に並んでいる姿を見てからは、俺もその限度を試すような真似はしなくなった。監視係という名前はさっさと変えた方がいい。

雷門中からもそう遠くはないあのマンションの一室に、居心地の良さを感じるようになったのは、必然だったのかもしれない。何日かに一度掃除される部屋、玄関先に吊るしておけばいつの間にかクリーニング済のタグが付いて返される制服、もう鼻に慣れた布団の柔軟剤の匂い。たまに増えている冷蔵庫の中身は、俺の好みに沿ってきた。「親かよ…」愛情のようにすら思えるそれに、擽ったさが喉を掻いた。

エナジードリンク、と記載された小瓶が冷蔵庫の奥に陣取っていることに気が付いたのは、偶々手前の北海道産クリームチーズの袋に引っかかって落ちてきたからだ。裏側には『由岐』と記載があった。取り除き忘れたのか。少しの反抗を込めて、飲み干してやった。不味い。

それからだ。「剣城くん」俺を甘やかすあの温い声が離れない。「気持ちいいこと、覚えちゃおうか」俺に触れるあの滑らかな指先も、柔っこい唇も。「身体、ぎゅうってなった?」あの心地の良い体温が、身体中に絡みつく。「もっと、したい?」俺は、そんなこと。

目が覚めると、身体がひどく汗ばんで、苛つきのような熱さが内側に篭っていた。身体を起こせば、また今日も、下半身が痛いほど張り詰めていることに気が付く。「……っ」あいつのせいだ。あいつが、あんなことを教えるから。あの日のように、あの日のあいつのように、そのいきり立つものに手を添える。「くっ……ぁ、」触れたそこから身体の芯を駆け上がるのは、あの日のような甘い感覚ではなく、靄のような苦味。気管を締め付け、その細い道を押し広げるように這い上がってくる。「…っくそ!」あいつが、中途半端にあんなことを教えてくるからだ。こんなこと、1人でできるわけがない。あいつが、熱を与えてきたから、俺は。

冷蔵庫に向かう。もう4度目だ。どうにかこの制御と抑制の方法を聞き出さなければ、これ以上は日常生活にも影響が出る。だからだ。あんな辱め二度と御免だと思っている。けれど、もう、これ以外にどうしろって言うんだ。

冷蔵庫の最上段、手前の伊勢名物赤福を避け黒い小瓶を取り出す。蓋を開けひとつ飲み干して、随分前に登録されていた番号にコールを入れた。





多分、したい気分になったけど、1人ではできなかったその結果、だと思う。剣城くんにまた呼び出された。呼んでくれるのは嬉しいけれど、素直に言ってくれればいいのにな。やっぱり恥ずかしいのかな。「大丈夫?ちゃんと、教えてなくてごめんね」剣城くんはわたしを視界に入れない。う、うん、『うっかり』飲んじゃった言い訳なんてもう思い付かないよね。

剣城くんのエナジードリンク騒動があってから、あの忌まわしき精力剤は早めに処分しておいた。処分、というか、持ってきた張本人に処理させた。だから今この部屋の冷蔵庫の中にあるのは、パッケージを似せたただのジュースだ。もしかしたら、こんなことがあるのではないかと、そう思っていたからだ。それでもこんなに、ジャージの上からでも充分に分かるくらい勃起しているのは、剣城くんめちゃくちゃ興奮状態ってことだよね。

「1人でするのは、やっぱりまだ怖いかな」剣城くんは息を飲み込む。というより、言い訳を堪えたのかな。「ゆっくり覚えよっか。何回でも呼んでいいからね」そのうち自ら進んで知ることになったはずのそれを、強制してしまったのはわたしだ。思い通りにならない性欲なんて、怖いだけだよね。

とは言っても、今日は強制された欲じゃないはずだ。少し時間をかけてその快感を教え込んでも良いのかもしれない。「少しだけ、心臓の音、落ち着けようか。嫌だったら、嫌って言ってね」あの日覚えてしまった羞恥と緊張に、性の快感は閉じ込められてしまった。その鍵を次に開けるのは、自らの意思であってほしい。

縮こまる剣城くんを抱きすくめると、最早反射なのかその身体は更に強張る。それを解すように身体を寄せて、抱き枕のように擦り寄る。なんのつもりだと怒号が飛んでこないところを見ると、効果は身をもって感じてくれているらしい。「人を抱きしめると、ストレスが低減するんだって。剣城くんにもしてほしいなと思うんだけど」流石にこんな口車に乗ってはくれないかと思いながらも腕に力を込めてみれば、案外素直に、彼の腕はわたしの背中を回った。ううん、かわいい。

背中を撫でながらゆっくりと腿を彼の足の間に柔く押し付け、足に足を絡ませて、ベッドに雪崩れ込む。「ん……んっ」何度か擦っていると、ふいにその腰が浮いた。剣城くん、べたべた触られるのは嫌かなと思っていたけど、どうやら意外と雰囲気負けするタイプらしい。んん、かわいい。

転がった流れに任せて体勢を逆転させる。もぞもぞとわたしの背中に回ったその腕が肩の上に上がってきた。んんん、かわいい。少しずれた足の位置を、剣城くんの右足を絡めながら調整する。右腿に当たる位置に来た硬いそれが、剣城くんの意思でくりくりと擦り付けられた。んんんん。「ん、…っは、ぁ」やっと気持ちよくなってきたかな。その可愛い行動を口にして再認識したい衝動がふっと込み上げてしまって、慌てて息を飲んだ。

このまま最後まで見守っていた方がいいだろうか。でもこんな経験に覚えがあるなあ。それを恥ずかしい行動と認識したあの子には、次の羞恥を上書きするまで避けられ続けた。「剣城くん、手で触ってもいい?」その腰使いを助長しながら、篭らせた声で聞いてみる。少し息を荒くした剣城くんは、蕩けた瞳でわたしを捉え、のそのそとわたしの上から退いてくれた。

「えい」わざとらしく告げて、彼の身体を反転させ背後から抱きしめる。気持ちいいのがさめないうちに、最後までしたいよね。服を捲り上げお腹を撫でながら、内側から布地を押し上げるそこを摩る。ぐったりとわたしに凭れかかって、剣城くんは息を荒くしていった。「脱いで、触ろうか」ハーフパンツのゴムを引く。やはり既に窮屈だったのか、素直にそれを下ろしてくれた。

「剣城くん、自分でこすこすってできる?」最早意識がふわふわしているのか、剣城くんは切なげに眉を寄せ目を閉じて、自らの膨張した肉棒に指を這わし、ゆっくりと上下に擦っては上擦った甘い声を喉に籠らせる。鼻にかかる掠れたそれがとても色っぽい。1人でできそうでよかった。

あまり集中を途切れさせたくない。わたしはわたしで、静かに身体を弄っていようと思う。言い方を間違えた。もっと気持ちよくなってくれるように触れていようと思う。よし。「はぁっ……あ…ぁ、っ」前回よりも頭が落ち着いているからか、だんだんと大きくなる喘ぎに、なんだかいけないものを聞いている気分にもなるなあ。それでもしっかり、わたしに身体を預けてたまに擦り寄ってくれているのだから、一応許容されているのだろうと思う。忘れられていなければ。

そのときふと、剣城くんの手が止まる。「…どうしたの?」答えは返ってこない。整える気もなさそうな息をただただ吐き出しながら、剣城くんは黙り込んだ。やめようか、と口にしかけて、すんでのところで飲み込む。「もしかして、出そう?」否定は返ってこない。そうか、出すの、はじめてかな。

「代わろうか」素直にその手が下ろされるので、代わりに指を這わす。「っん……!」わたしの腕から、剣城くんがずり落ちていく。うん、一番気持ちよくなれる体勢でいてほしいな。そういえば、近くにティッシュがない。手で受け止めて足りるだろうか。「で…出る、ん、〜〜ッ、く…ふぅ、ぁ」ぴんとつま先が張り、浮き上がる。絶頂の快感を浅ましく必死に求めるその姿は、普段のストイックな剣城くんからは想像できなくて、思わず口元が緩んでしまう。全身に甘い痺れを行き渡らせて、剣城くんはふっと力を抜いた。
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