チビと俺

□第2話 兄妹
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「ん…………」

「あ、起きたか?」

 あと病院へ2分というところで日余里の目が覚めた。

「誰…………」

(え、また?)

「豊、覚えてないか?」

「ゆ……? …………あぁ……」

 長い前髪で隠れた顔。俺はこいつの顔をまだ見ていない。

「ここ……どこ……」

「日余里ちゃん? 大丈夫? 今私の車の中よ」

「おばさん……」

 フッ、と緩んだ日余里の口。

(あ、笑った……)

「もうすぐ病院に着くからね。あ、保険証あるかしら」

「バッグ……」

 俺の足から頭を持ち上げようとしている日余里だが、持ち上がっていない。

「バッグはここ」

 俺の足の横。それを日余里の見える位置に持ち上げる。

「…………」

 それをさっきあった場所へと戻すと、日余里の手が伸びた。

「何してんの?」

「…………保険証……」

 視界に入らないバッグを片手で開け、片手で中をあさっている。

「豊ー? 女の子のバッグの中、覗いちゃだめよ?」

 母さんがバッグミラー越しに俺のことを見ていた。

「のぞっ!? 別にんなことしてねーよ!」



「あ、った……」

 ピンク色の横長の財布を取り出した日余里。それを視界に入れ、保険証を取り出すと“もう無理だ”と言わんばかりに腕が重力に引きつけられ、財布はバッグの上に落ちる。

「さー、着いた!」

 駐車し終え、母さんはシートベルトを外す。

「おば、さ……ほけんしょ……」

「あ、ありがとう」

「豊、早く降ろしてあげて」

「…………はぁー」

 もう返事をするのもメンドクサイ。



「頭、ちょっとごめんな」

「……あた……?」

 左手を日余里の後部に滑らせ、ちょっとだけ上に。その隙に俺の足を日余里の頭の下から抜けださせた。

「…………」

 途端に日余里は口を『へ』の字に曲げた、……気がする。

(……何だ?)

 気にはなったが気にしても意味ないとチャッチャと自己解決。



 俺は日余里の背中と膝裏に手を滑らせて、体を浮かせた。

(ほんっと、軽いな……)

「なっ…………」

「ん? どした?」

「…………」

 とりあえず車から降ろし、でも抱っこしたままだとドアを閉めずらい。

 足をつけさせて、右手で日余里の背中を支えながら左手でドアを閉めた。それから大きめの傘を首の付け根と肩の間に挟んで差す。

 そしてもう1回抱っこだ、と膝裏に手を当てる。

「あ、やっ…………」

「え? いや?」

「…………」

(だから……何だ?)

 また自己解決し、膝裏に手を。


「あ……」

「何?」

「…………ある、く……」

「歩く? 辛くねぇか?」

「…………」

 俺への返事はなしで、車に両手をついて歩きはじめる日余里。その体が濡れないようにと後ろから日余里の上に傘を上げる。

(…………本当に大丈夫かよ……)

 車という支えがありながらもフラフラと、おぼつかない足取り。


 とうとう、車という支えがなくなる。

(あー……転ばねぇよな……?)

 日余里のにすぐ後ろを歩く俺はとても怖い。


 もう、生まれたての子馬のような歩き方だ。


「あ」

 俺が声を出した時には日余里の体は前のめりに沈んで、俺は反射的に左手がでる。


 ――グイッ!――


 左手で掴んだ日余里の左腕。それを思いっきり俺の体に引き戻す。



 ――ボスッ――


「だーから言わんこっちゃねぇ」

 日余里の背中を俺の体で受け止め、日余里の腹のところに左腕を巻きつけた。





(…………………………細っ!!)

(ちょ、何この細さ! 小学生ってこんなに細いんだ……)




「はな…………し、て……」

「ダメだ。また転ぶだろ?」

 サラサラと揺れる日余里の前髪から見える頬は赤い。

「歩いたから熱、上がったんじゃねぇ?」

「…………」

(ホント無口なやつだなー……)

(あ、それとも熱でてるせいか?)



 俺のイメージだと、これくらいの年頃の女の子というものはウザイ。

 もう、何かあればキャアキャア甲高い声で騒ぎ出す。それくらいのイメージしかない。

 しかしこいつはそれと正反対だ。



「あ、るく…………」

「オイ、人の話聞け」

「…………」

 結局、俺から離れ、1人で立っている日余里。

「見てるこっちは心配なわけ。せめて手だけでも握らせろ」

「…………」

 俺の右手の横にあった日余里の左手。それを日余里はスイ、と自分の右手首に巻いた。

(…………ワザとらしすぎる…………)

(ムズカシイお年頃ってやつか?)



「ほら、手」

「…………」

「抱っこするぞ?」

「…………」

 右手首に巻かれていたものが解けた。

(…………そんなに抱っこがいやなのかよ)

 心の中でちょっと笑う。

 小さな妹をもった感じだ。

(弟が妹だったらこんな感じだったのかなー、小さい頃)

 弟との小さい頃の思い出は喧嘩しかない。

 今、妹のほうがよかったなーと思った。



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