リクエスト 3

□H 3
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その日の銀八の夢見は、最悪だった。
朝起きて布団の上に胡坐を掻いて、ボーっとしながらきつい癖毛をワシャワシャと掻き回す。
夢に出てきたのは、昨夜も会った少年だった。
まるで黒真珠を嵌め込んだような綺麗な瞳が物も言わず、ずっと自分を見詰めてくるのだ。
昨夜、別れ際に見せたあの眸で・・・。
自分が彼のためにしてやれることなど、何もない。
昨夜は確かに、そう思った。
しかし、やろうと思えば実は彼を助けることが出来るということから、銀八はわざと目を逸らしている。
確かに銀八が、そこまでしてやる義務はないだろう。
そんなことをいていれば、際限ない。
自らの身に降りかかった火の粉は、自らが払うべきだ。
銀八はそう思っていた。いや、思い込もうとしていた。
それなのに、なんだ?この胸の中にわだかまる重い想いは・・・。
歌舞伎町には、表と裏の世界がまさに一体としてそこに存在する。
銀八は仕事上、裏の世界の事もかなり把握しているし、関わりもあった。
だからこそ、いちいち一個人の事情などに同情などしていられない。
パンパンと、両頬を叩いて気合を入れた。
もう用意をして家を出なければ、また遅刻して雷が落ちる。
いつまでも脳裏に残るその面影を、無理矢理そこから追い出した。
どうにか支度を終え、家を出る。今日は遅刻をしなくてすみそうだ。
横着して櫛も入れなかった髪を、手櫛で整えながら足早に職場に向かった。
しかしその足がぴたりと止まる。目の前に、ここにいるはずのない人物を見つけて・・・。
彼は塀の外から、じっとその家を見ていた。
見ているこちらが胸が痛くなりそうなほど切なげに睫を震わし、彼はまるで息をしていないのではないかと
思うほど静かに佇んでいる。
そこはそこそこの高級住宅街といわれる土地柄で、土方が見詰めている家はその中でも一際大きいことで有名な某企業の社長宅だ。
銀八は首を捻った。
どう考えても、彼との接点が無さ過ぎる。
不思議そうに見続ける銀八の視線を、感じ取ったのか?
彼、土方は、不意に銀八のほうを見た。
目が合った瞬間、彼の綺麗な切れ長の二重の眸が精一杯見開かれる。
銀八が声を掛けるより早く、土方は身を翻してその場を離れた。
銀八は、呆然とその後ろ姿を見送る。
そういえば、以前もこうやって彼の後ろ姿を見送ったな、などと関係ないことを思い出しながら・・・。
その時だ。子供の声が聞こえたかと思うと、その家の扉が開いた。
どうやら、学校に行くところなのだろう。
学生服を着た子供と、その母親らしき人物が現れる。
その女性を見て、銀時の呼吸が一瞬止まった。彼女から視線が外せなくなる。
銀八が立ち尽くす目の前を、子供が怪訝そうな顔をして通り過ぎていった。
女性もあまりに銀八のその姿が、不審だったのだろう。何か?と、尋ねてきた。
銀八はその声に呪縛が解けたかのように、ようやく息を飲み込み動くことが出来るようになる。
このまま立ち去れば、自分は思いっきり不審者だ。
そんなに遠くないところに自宅がある以上、言い訳はしておかないといけないだろう。




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