リクエスト 3

□綴られる言葉
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土方が、嫉妬やきもちを妬いていることには気付いていた。
暑いだの、仕事したくないだの、散々子供のような駄々を捏ねて、ようやく土方を旅行に連れ出すことに
成功したのにいざ現場に到着すると、そこにはここにいるはずのない連中が大勢いて銀八は眩暈に襲われた。
最初は二人きりが嫌な土方が、彼らを呼んだのだろうか、と邪推していたのだ。
そう考えると、なんだか哀しくなった。
自分はこんなに彼のことが好きなのに、彼はそうではないのだろうか?
つまりは銀八も、拗ねていたわけだ。
そのまま土方を無視して、当て付けるように言い寄ってくる猿飛と共にいた。
そんなことをしながら土方の様子を伺っていると、どうやら違うようなのだ。
彼もとても不機嫌そうな、それでいて切なそうな顔をしていた。
そこに至って、ようやく銀八はあれ?と思ったわけだ。
疑問に思った銀八は猿飛に事の経緯を訪ねると、どうやら沖田が土方の母親から話を聞きつけた模様だ。
自分の誤解に気付いたが、嫉妬やきもちを妬く土方なんてそう見れたものではない。
つい面白くて、そのまま土方の様子を見つつ、猿飛と行動を共にしていたのだ。
だから沖田がなにやら話し掛けに言って、ジュースを零したのだろう。いきなりパーカーを脱いで、海に入ったところもちゃんと見ていた。
ぷかぷかと浮かんでいる土方を、可愛い、などと腐った眼で見ている時にそれは起こったのだ。
突然、土方の体が海中に沈んだのだ。
銀八は、さーっと顔色を変えた。
そこから先はもう無我夢中だ。大声で土方の名を呼びながら、海に入っていく。
そのただならぬ様子に気付いた近藤が、ライフセーバーを呼びに行ったりしたのだが、そんなもの、待っていられるわけがなかった。
土方が沈んだであろう場所までがむしゃらに泳ぎ、潜る。
そこに、まるで真っ黒な海に飲み込まれていく土方の体を見つけ、もう既に意識の途切れた土方を腕を懸命に伸ばし掴んだ。
しっかりと力尽きた体を抱き締め海面に上がると、そこにちょうどライフセーバーの船が到着し、二人は無事に引き上げられたのだ。
土方は幸いにも水は飲んでいたが大したことはなさそうで、一旦岸に寝かせてライフセーバーが応急処置をして救急車を呼ぶ。
クラスメート達も心配して駆け寄って、彼らを囲んだ。
真っ青になった土方に、銀八は激しく後悔した。
自分が愉しがって彼に嫉妬やきもちを妬かせたりしていたから、こんなことになったのだ。
本当は、土方が自分のことをちゃんと好きだということは、知っていた。
しかし彼はとても恥ずかしがり屋で言葉にしてくれたことがなく、それが寂しかったのことは否定しない。
だから嫉妬してくれていることに、優越感を感じていた。
そんな子供じみたことのせいで、大切な彼を失うことになったかもしれないなんて・・・。
なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。
銀八は、懸命に彼の名を呼んだ。
すると、聞こえたのだろうか?
血管が透けてしまうほど薄い瞼が動いたかと思うと、ゆっくりと黒真珠の瞳が現れる。
まだ茫洋としている瞳に、自分が映っていることに胸を撫で下ろした。
すると彼は何を思ったのか、手を差し伸べて、自分の髪に触ったのだ。
そして何事か、呟いたような気がした。
なんと言ったのか聞こえなくて、何を言ったのか尋ねると、今度はいきなり首に手を回され
引き寄せられたかと思うと、頬に冷たいモノが触れた。
それが土方の冷え切った唇だと気づくより先に、離れていく。
その唇はそのまま耳元に、寄せられた。

「好き・・・。せん・せ・・・ィ」

甘やかなテノールがそう綴るのを、銀八はただ呆然と聞く。
土方は言うだけ言って満足したのか、とても嬉しそうに微笑みながら再度意識を飛ばして、力尽きた体を銀八に託した。

 いや、嬉しい。ごっさ嬉しいんだけどさ・・・

顔を上げるのが、怖い。
周りには自分の担当する教え子達が、約一名を除き(言わずもがなの沖田だ)あんぐりと口を開けて立っていた。
彼らになんと言い訳をしようか、と頭を痛めながら、それでもやっともらえた言葉を噛み締め、恋人をしっかりと抱き締めながら銀八は幸せに浸るのだった。






2006.7.15





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