リクエスト 3

□たけくらべ
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その日、桂小太郎はかぶき町を歩いていた。
店の女の子――といっていいのか――が足りないと、かまっ娘倶楽部のママ・西郷からヘルプを頼まれ、現在はヅラ子の格好で客に頼まれた煙草を買いに行った帰りである。

「あ・・・」

その時だ。何かに躓いたかのように、突然バランスを崩して転びかけた。どうやら、草履の鼻緒が切れたようだ。咄嗟に手をつこうとした体はしかし、途中で止められ桂は目を瞠る。すぐに誰かに抱きとめられたのだ、と理解した。

「すまな・・・」

抱き留めてくれた人物に桂は礼を言いかけたが、その言葉は最後まで発することはできなかった。その人物を見た途端、桂は身を固くして息を呑む。
片手で自分を受け止めてくれたのは、銜え煙草も眩しい真選組副長、土方十四郎その人だったからだ。
桂は思わず懐にある爆弾を取ろうとしたが、今は女装中である。そこにそんな物騒なものは忍ばしておらず、チッと舌を打った。

「鼻緒が切れたようだな」

土方は桂の舌打ちにも気付かず、そう言って桂を自分の肩に捕まらせ、自らはしゃがみ込む。そして自分の
隊服のスカーフを抜き取って、引き千切った。

「草履、脱いで下さい」

そう言って丁重に草履を脱がし、桂が唖然としている間に器用に草履を直し始める。

 こやつ、気付いておらぬのか?

確かに攘夷志士として有名な桂がこんなところで女装をし、ウロウロしているなどと思いもしないのだろう。
桂は土方の肩に手をやったまま、じっと器用に動く指を見た。

 もっと無骨な手なのかと思ったが、綺麗な手だ

鬼の副長の名は伊達ではなく、土方の剣の腕は有名だ。しかし目の前で動く手は確かに剣胼胝などありは
したが、それでもとても人を切り裂く手には見えなかった。そのまま視線を動かすと、その容貌が目に飛び込んでくる。綺麗な二重のアーモンドアイは、黒真珠のような稀有な光を宿し、通った鼻筋、そこだけが紅を差したような口唇。肌はまるで抜けるように白く滑らかだ。まるで神の気まぐれの如く、それら最高のパーツが絶妙なバランスで納まっている。

 こんな綺麗な顔をしていたのか・・・

不倶戴天の敵である真選組副長の顔など、まじまじと見たことはなかった。こうして改めてみると、
とても巷で鬼と恐れられている男とは到底思えない。

「直りましたよ」

その整いすぎた秀麗な容貌に見惚れていた桂は、土方の声にハッと我に返る。土方が真っ直ぐに自分を見ていた。

「あ、あぁ。すまぬ」

思わず礼を述べると土方は少し目を見開いてから、まるで大輪の花が綻ぶような鮮やかな微笑を桂に
向けた。それは今まで桂が見たどの笑顔よりも綺麗で、桂は瞠目する。
その瞬間。どこかで鐘の音が、高らかに鳴ったような気がした。





最重要指名手配犯・狂乱の貴公子こと桂小太郎が、対テロ組織武装警察真選組・副長こと土方十四郎に恋に堕ちた瞬間であった。





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