昭和クラウン

□希望の桜花
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とある小さな村の小高い丘にそれはあった。樹齢千年を超えると言われる、千年桜。その桜は季節を問わず一年中満開の桜の花を咲かす村の名物でもあり、そして村の神木とされ大事にされていた。


季節は春。夜空を彩る黄金の満月の光が輝くよく晴れたこの日。千年桜を見上げる一人の少女がいた。


「これが…千年桜…」


少女、澪(ミオ)はごくりと息を飲み、ただただ黙ってそれを見上げていた。太い幹から延びる大小様々な枝は桜の重みで撓み、まるで今にも花がこぼれ落ちてしまいそうな程。

澪はもう一度息を飲み、やがて手に持っていた木綿製の赤い風呂敷包みを解く。そこから徐に小さな水筒と手の平大の黒い漆器を取り出しその器の中に水を注げば、水面には満月と千年桜の鮮やかな桃色が映る。
あまりの美しさに感嘆の吐息を漏らした澪は、暫しぼうっとそれを見つめていたがすぐに自分の目的を思い出し、目の前に聳え立つ千年桜を再び見上げた。

そうして、はらはらと舞い散る桜の花びらの一つを手に取ろうと腕を伸ばした、その時だった。

ふわ、と強い桜の香りが鼻を擽ると同時に、温かな風が澪を包む。
突如自身を襲った空気の変化に、少女が驚きに目を見張った、その瞬間。

音もなく彼女の目の前に降り立つひとつの影があった。


「…っ!」


その影がこちらを向いたと同時に、澪は持っていた器を落としてしまう。
水が零れ、衣服が濡れてしまったが、そんな事よりも彼女の意識は目の前に立つ“それ”から目が離せなかった。


そこにいたのは、彼女より少し年上に見える一人の青年。
肩部分のない藤色の着物を身に纏い、淡い桃色の髪が風に吹かれて揺れる度に月光に反射してきらきらと輝いた。
その長い後ろ髪は無造作に白の紐で束ねられており、前髪の隙間からのぞく二つの双眸は髪と同じ桃色。



 
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