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□月
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今夜の月は、妙に明るい。

テントの中に居ても光を感じることが出来る。

ケロン星に居た頃は見向きもしなかった月という星は、

この地球からはこんなに美しく見えるものなのか。

猫は塀の上で気持ちよさそうに寝転がっていた。

今日は夜でも肌寒くはないし、よい気候だ。

猫が無防備に眠るのにも頷ける。

明日の侵略会議こそ、我がケロロ小隊の地球侵略の礎となるような案を・・・。



「ドロロー!」



・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・イヤな女の声がした気が・・・。

「あ、ドロロのお友達」

・・・気のせいではないようだ。

珍しく1人なのは、ドロロが居ないかららしい。

「ねえ、ドロロ見なかった?」

「・・・さあな。オレは知らん」

「そっかー・・・。警備中に逸れちゃったんだけど、まだ帰ってないんだねー」

まだ地球の巡回など行っていたのか。

ドロロに地球を侵略する意思は、相変わらずまったくないらしい。

「ちょっとお邪魔するね」

東屋小雪は何故かオレのテントの横に座った。

「おい、ドロロを探さなくていいのか・・・?」

出来れば早く立ち退いてほしい。

「うん。今行ってもすれ違っちゃうだけだろうし・・・・・・」



何故この女はここに居る。

「いつものように夏美のところに行かないのか?」

行ってほしいというワケではないが、疑問を口にした。

東屋小雪は空を眺めながら言う。

「夏美さん、今宿題やってるんだよねー・・・」

・・・すでに覗いてきたらしい。

侮っていた。

「邪魔したくないし、明日会えばいっかなーって」

「オマエは、その宿題を終えたのか?」

「え、ううん」

即答で否定された・・・。

「私、浮世の勉強苦手なんだよね・・・。体育は好きなんだけどなぁ」

素直に心配したくなる。

この女の生活は本当に夏美とは大違いだな・・・。

同じ『ジョシチューガクセイ』という生き物だというのに。



「でもね、ドロロはそういうこと得意なの」

「確かにな・・・。一体どこで地球の文化を覚えたのか、興味深い」

実際、同じ地球侵略を目論む立場として地球のことを学んできたつもりだった

このオレ自身も、地球で再会した時のアイツの教養には驚かされたものだ。

東屋小雪経由の情報なのか、とも思っていたが・・・・・・。

「私、ドロロに勉強教えてもらってるんだー」

これではまずあり得ない。



大体、東屋小雪には通常の思考は通用しないのだ。

ドロロがこの女に物事を教えている姿もよく目にしているし・・・。



「ねぇ」

「・・・何だ?」

東屋小雪は笑ってこちらを見ている。

オレは目を合わせずに会話をすることに決めた。

「どうしてドロロが地球に詳しいか知りたい?」

・・・・・・・・・。

「私とドロロが初めて会った時はそうでもなかったんだよ」

目の端に移る女は、返事を待たずに話し始めた。

この奔放な様はドロロとはあまりにも対照的だ。

しかしドロロと一緒に居る姿が馴染むのだから不思議だな。

いや・・・・・・自由奔放だから、なのかもしれない。



オレの考えを余所に、東屋小雪は話を続けた。

「ドロロは地球を好きになったから、ものしりなんだよ」

「・・・どういうことだ?」

東屋小雪は、ドロロのトラウマスイッチが入った時の様に

自分の足を腕で引き寄せながら座った。

「ドロロと私が忍野村で出会った時は、ドロロ随分驚いたみたい。

こんな世界があったんだなー・・・って」

それはケロン人のみならず、地球人でも該当するだろう。

東屋小雪の生きてきた世界は特殊すぎる。

暗殺兵No.1の実力を保持するドロロだからこそ生活できたのだろう。

「ドロロが今まで知ってた地球のことって客観的だったんだよ」

「・・・・・・どういう意味だ?」

東屋小雪は相も変わらず笑っている。

「地球侵略でしょ?あなた達の目的」

月明かりに照らされて、そう切り出す東屋小雪の姿は異様だった。

何故、地球の平和を願って行動する地球人に、そんなことを穏やかに言われているのだオレは。

「つまり、ドロロが知ってた地球は調査通りの上っ面だけのものだったの」

「・・・・・・」

「地球に住んでる私が知らないような表面的なことしかドロロは知らなかった」

・・・・・・なるほど。

自身が生活をして初めて知ることもある、ということか。

「ドロロも初めは意気込んでたらしいね、侵略。私には言ったことないけど」

それはドロロなりの東屋小雪への気遣いだろう。

それ以上に、聞かれなければ自分のことを話さぬような者だからな。

「でも、私達と生活しててどんどん変わってったんだって。

地球が好きだから地球について勉強したの。・・・ってこの間話してくれた」

・・・・・・。

「地球の自然を守りたいって。・・・仲間を裏切ることになっても、しょうがないんだって」

「・・・・・・・・・オレ達はそうは思っていない・・・」

呟くと、小雪はすぐに反応した。

「うん。だから私嬉しかった」

・・・・・・嬉しかった・・・?

「決断するには葛藤もあったみたいだし・・・ドロロが悲しまずに済んで、本当に嬉しかった」

「・・・ドロロは責任感が強い奴だったからな。・・・昔から」

ケロン軍側と地球側。

どちらかを選択することはさぞ難しかっただろう。

「・・・地球のことを選んでくれてよかったとは思ったよ。ドロロと闘いたくなかったから」

東屋小雪は月を見て、呟く。

「でもね、ドロロが地球を守るために悲しむなら・・・地球なんて要らない、って思っちゃったの私」

「そう・・・なのか・・・?」

驚いた。

かつての忍びは世の安息の為に身を粉にして働いたと、ドロロから聞いたことがある。

「馬鹿だよねー・・・。でもその時は本気で思ってた。

ドロロは、私の初めての友達だったから、苦しまないでほしかったの」

「初めて・・・・・・」

「忍びは、情に流されちゃいけないんだよ。

だからみんな、どんなに気心の知れた間柄でも油断するな、って教わってるんだ」

思えば悲しい世界だな。

同じ村の住人であっても気を許してはいけないとは・・・。

地球のほとんどがぬるま湯だと思っていたが・・・常とは大分かけ離れている。

「ドロロは地球の生き物でもないし・・・零夜叉みたいなカンジかな?

一緒に居て、ドロロ自身気を解いてくれたから、私も安心出来た」

東屋小雪はいつもと違う、どこか憂いた表情を見せた。

「ドロロはねー・・・。私のそんな気持ちを察して、言ってくれたんだー・・・」

「・・・何と?」

「あのねー・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・。

・・・沈黙が続く。

・・・どうしたのだ・・・・・・。

東屋小雪の顔を覗き込もうとすると、微かな音がした。



「・・・すー・・・・・・」



・・・・・・・・・寝ている、のか・・・?

「・・・一体どのような神経をしとるんだ・・・・・・」

先程のは『憂い』ではなく『眠気』の表情だったようだ・・・。

・・・まったく・・・・・・。

さっきの話の続きは何なのか・・・・・・せめて言ってから寝てほしかった。

とにかく、このままにするわけにもいかない・・・。

どうしたものかと考えていると・・・。



「小雪殿、こんなとこに居たのでござるか・・・」



「ドロロ!」

「すまぬでござるな、ギロロ殿。小雪殿はいつもこの時間に眠りにつくのでござる」

・・・今時にしては珍しい、健康的な体質だな。

「しかし小雪殿は本当に仕方ないでござるな・・・。寝るなら家で寝てほしいでござる」

まるで母親の様に東屋小雪の肩を揺らすドロロが、何処か可笑しかった。

「小雪殿、帰るでござるよ!」

東屋小雪は、眠そうに「うん・・・」とだけ呟いた。

口先だけで、本当に帰る気はないらしい。

「まったく・・・昔と大違いでござるな」

「・・・昔・・・・・・?」

ドロロは言う。

「拙者と小雪殿が出会った頃、小雪殿は夜中でも気を緩めなかったのでござる。

忍びである使命感からか、眠りは常に浅いもので、すぐに目を覚ましたものでござるが・・・」

・・・・・・。

「いつからかは、ぐっすり睡眠をとるようになったでござる。

いいことではござるが、少し危ないでござるよ・・・」

ドロロは多分、分かっていない。



東屋小雪が安心して眠りについているのは自分のおかげだということを。



「ところでギロロ殿」

「何だ?」

「今宵の月はとても綺麗でござるな」

ニッコリと笑ってドロロは言う。

「パトロール中に、ついつい見惚れてしまったでござる」

空を見ると、先程と同じような澄んだ月が目に映った。

「・・・確かにな」

ドロロを見れば、一心に空を眺めている。

何か思い入れがあるような、慈しむような、そんな表情だった。

「・・・あれ、ドロロ・・・・・・?」

どうやら東屋小雪が目を覚ましたようだった。

「小雪殿・・・帰るでござるよ」

「うん」

東屋小雪とドロロは顔を見合わせて笑う。



まだ抜けきっていない眠気を払うように、東屋小雪は顔を手の甲で擦った。

そして、こっちを見て口を開く。



「ドロロのお友達、今日の話の続きはまた今度ね」



幼い声と表情を見せてから、東屋小雪は日向家の屋根へ飛んだ。

ドロロは後に続かず、オレの方を見る。

「小雪殿とギロロ殿が話をするとは珍しいでござるな」

「ま、まあな・・・」

ドロロは嬉しそうに笑った。

「仲良きことはまこと美しきこと。これからも小雪殿と仲良くしてほしいでござる」

そのようなつもりはなかったが、こちらが一方的に東屋小雪を忌むということに

疲れたので、それでもいいのかもしれない・・・という考えが頭を過ぎった。

「それではギロロ殿」

ドロロが立ち去ろうとした時。

「ドロロ・・・地球は好きか?」

何故か勝手に言葉が出てきた。

ドロロの動きも止まる。

「地球・・・」

オレは何故こんな質問をしたのだろう。

自分でも理解し難い。

こんなこと聞いても、ドロロの答えは一つだけ。







「好きでござるよ」







絶対に返ってくると分かっていたその答え。



なのに。

何だ・・・この感情は。



月の光が強くて、ドロロは消えそうだった。

この儚さが、あまりにも月に調和していて・・・。







胸が痛んだ。




















忍野村から見る空はここよりも何倍も綺麗だった。

その代わり、辛いことも何倍も重くて苦しかった。

「小雪殿・・・拙者は、もう地球の味方でござる」

「・・・・・・でも、そうしたら・・・ゼロロとお友達が・・・」

「この美しき星に危害を加えるのならば・・・私情など関係ないでござる」

「駄目だよ、ゼロロ・・・・・・」

「小雪殿」

「・・・・・・何・・・?」

「拙者は小雪殿との思い出を、侵略などという行為で汚したくないのでござる」

「ゼロロ・・・・・・」

「大丈夫でござる」

あの時、ドロロは優しく笑って言っていた。










「拙者が悲しいことは、小雪殿と分かち合えるでござる」










逆も然り、とドロロは目を瞑った。

月の光を浴びたドロロを見ていると。

どうしようもなかった。

物心ついてから初めてかもしれない。

抑えることが出来ないなんてこと。










「小雪殿、泣かなくていいでござるよ」










月の光はこんなに優しかった。






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