断片

□サヨナラfriend
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次の日、シエラはまた昨日と同じ場所に居た。
やはり一人だった。

「あ、クリム!」

こちらに気付いて、駆けてくる。
全く………死神を何だと思ってるんだ?
少しは怖がったりしたらどうなんだ。

「また会ったね」
「………あぁ」
「ねぇねぇ、今日はお話ししよう?」
「なんで俺が………」
「やーい!もらいっ子のシエラだ!!」

突然、俺の背後で子供の声がした。
心無いいじめっ子、何処にでも居るものだ。

「一人で喋ってるぜ」
「頭おかしいんだ」

好き放題言われているシエラは、ただ下を向いて黙っていた。
握りこぶしを震わせ、今にも泣き出しそうだ。

「シエラ……」
「もらいっ子じゃないもん!馬鹿!!」

顔を真っ赤にして、負けじと言い返す。

「謝ってよ!」
「だってお前、家族の誰にも似てねーじゃん」
「………っ!」

次の瞬間、シエラはその少年につかみかかっていた。
細い腕で、何度も何度も殴り付ける。
しかし相手は、何も痛くないと言って彼女を嘲り笑う。

そんな様子を見ていた俺の中に、なぜだか怒りが込み上げてきた。
無意識の内に、シエラと昔の自分を重ねたのかも知れない。
俺はその怒りに任せ、力を行使した。

「うわっ!?」
「なな、なんだこれ!」

近くにあった蔦が、いじめっ子達の首に絡む。
慌てふためき逃げようともがくその様子はなんとも滑稽で堪らなかった。
殺してしまう事は、死神の決まりに反するので、たっぷり反応を楽しんだあとで放してやった。

「くひひひひっ、ざまーみろ」
「今の………クリムがやったの?」
「まあな」

この頃の俺にとっては、こんなのは朝飯前だった。
それでも、人間には出来ない。
シエラは俺に、今までとは違う未知の存在に対する恐怖と好奇の眼を向けていた。

「どうして?」
「あぁ、ああいう奴等は大嫌いなだけ」
「良いの?あんな事して……」
「弱いもの苛めなんて屑の遊びだと思うけど、あいつらには言ったところで聞こえないみたいだしな」

そうだ、あんな奴等が居るから。
あんな奴等がお偉いさんになって、周りを従わせたりするから。
だからこの世は汚れてくんだ………

「………クリム?」

呼ばれてハッとする。
怯えた顔でシエラが俺を見上げていた。

「どうしたの?凄く怖い顔して………」
「いや、何でもない」
「そう?」
「あぁ」
「あ、ボクもう帰らなくちゃ」
「そう」

少し歩き出してから、彼女は俺を振り返り、言った。

「クリムも来る?」
「は?」
「ボクの家」

どうしてそうなったのか。
いまいち分かりかねる。

「なんで俺が………」
「お礼がしたいの、良いもの見せてもらっちゃったし」

ね、行こう?
とかなんとか言われた気がする。
ただ人間、それも女の子に手を引かれたのなんて初めてだったから。
頭が真っ白になって、ただただ引き摺られていった。



――――――――――――――



「はい、着いたよ」

シエラの家は、赤い屋根の可愛らしい佇まいだった。

「ただいまー!ほら、クリムもおいで!」
「………お邪魔します」

中に入ると、なんとも甘くて良い香りがしてきた。
そういえば、暫く物を食べていなかった事を思い出す。
台所に黒髪の女が立っていた。

「シエラ、お帰りなさい。アップルパイが出来たところよ」
「わはーv」
「後で持っていくから、お部屋に居なさい」
「はーい!クリム、着いてきて」
「分かった」
「あら、お友達?こんにちわ」
「えっ……あ、こんにちわ」

シエラの母親にも、同じ力が有るのか。

………と思ったが、何か違う感じがする。
まさか、近いうちに………

俺は考えるのを止めた。



――――――――――――――



シエラの部屋は流石女の子と言った感じで、可愛らしい家具やヌイグルミが並べられていた。
それから直ぐに、母親が先程のパイを持ってきた。

「いただきます」
「いっただっきまーす!」

焼きたてのアップルパイは、とても優しい味がした。
家でのシエラは外に居るときより元気が良い。
パイを頬張り、嬉しそうにニコニコ笑う姿は何だか愛らしかった。

「クリム、美味しい?」
「あぁ」
「良かった、喜んでるみたいで」

言われて初めて、無意識に微笑んでいた事に気付く。
自分でも驚いた、もう長いこと笑ってなんかいなかったから。

「………クリム、ボクね」

シエラが急に、言いづらそうに口を開いた。

「本当は、お母さんの子じゃ無いの」
「……………」

さっきの話か。
確かに似てはいなかったが、言い返せなかったのはそういう事だったのか。

「ボクの本当のお母さんとお父さんはね、ボクが小さい時に死んじゃったんだって」
「………そう」
「でもね、ボク寂しくなんか無いよ。だってみんな、髪の色が違っても関係ないって、お前は家族の一員だよって言ってくれたから」
「………そうか」

そう言ったシエラの顔からは、強い想いが感じられた。

………家族、か。

「あ、いけない。クリムちょっと待ってて」
「どうした?」
「お母さんに渡さなきゃいけない物があったの」

シエラは、ぱたぱたと階段を降りていった。
お使いに出ていたのか。
それにしても、何なんだろう。
また直ぐに戻って来た彼女に尋ねてみる。

「何を渡してきたんだ?」
「うん、お姉ちゃんの薬。ボクのお姉ちゃんはね、体が弱いからよく病気になるの」
「そうだったのか」
「だから、そういう時はボクが薬を貰いに行くの。お母さんもお父さんも忙しいし、ハイドはまだ小さいから」

ふと、昨日シエラが言っていた事を思い出す。
花を見せてあげるっていうのは、そういう訳だったんだ。
彼女なりに考えた、自分に出来ることなんだろう。

「シエラお姉ちゃん、居る?」
「ハイド、どうしたの?」

ハイドと呼ばれた小さな男の子は、母親と同じ黒い髪をしていた。
胸に絵本を抱いている。

「このお話しがね、どうしても分からないの」
「どこ?」
「どうして人魚姫は、王子様を刺せなかったの?自分が死んじゃうって分かってるのに」
「それはね………」

愛していたから。

シエラはそう言った。
そうだ、俺もそう思う。
小さなハイドには、まだ理解出来ないかも知れないが。

実際、彼は良く分からないといった表情だった。
シエラはそんな弟を見て、笑っていた。

「今は分からなくても、その内分かるときが来るよ」
「ふぅん……」

その内分かるときが来る、か。
何事も同じだと俺は思った。

分かるべき事も、分からない方が幸せな事も。
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