小さな魔法

□私が髪を切った理由
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「これでよろしいですか?」


そう言って私の後ろで美容師さんが鏡を広げる.
うん.いい長さ.

私のすぐ下には,ばらばらになった栗色の髪が散らばっていた.






あれはハイスクールの2年生の時.

クラス替えで1年のクラスで仲良くなった子はみんな別れてしまって,教室に話せる人が誰もいなくて仕方なく自分の席に座ろうとすると,隣に座っていたのが彼だ.

1人で誰とも話さずに,本を読んでいた.

友達いないかのかな.まあ私もこのクラスに友達いないけど.
それにしても整った顔.
しゅっとなった目とか,白い肌とか,桃色の唇とか,私には全てないもの.ずるい.私は女子なのに.

肩の上まであるブロンドのくるんとなった髪がとても綺麗で,形容するなら,そう,

王子様だ.

私の隣の席の人は王子様だ.なんて素敵な人の隣になっちゃったんだろう.

どきどきしながら席に座ると,王子様のふわふわしたシャンプーの香りがした.
薬局とかスーパーとかのシャンプー置き場で嗅げるテスターの安っぽい匂いじゃなくて,もっと高そうな上品な匂い.

急いで鞄の中からクラス名簿を探す.ああ,適当に突っ込んでしまったせいでしわくちゃだ.こんなの王子様に見られたら私このクラスで1年間やっていく自信がなくなる.

あまり隣に見られないようにこっそりと私のクラスの名簿を見る.
隣の机には“31”と白いシールの上に黒のマジックで書かれていた.
ということは,31番なんだな.31,はと.

“Barnaby Broocks Jr.”


バーナビーくんていうのか!よし!席隣同士だし仲良くしようよバーナビーくん!


「えっと,バーナビーくん?」


元気よく(?)意気込んだ筈の私の口から出たのは控えめなものだった.王子様に話しかけるのは勇気がいるのだ.勘弁してくれ.


「………なんですか」


少し間があったけれど,薄く返事がした.王子様の視線は依然として彼がずっと読んでいる黄土色のブックカバーがかけられた小さな文庫本だ.
王子なのに愛想がない.減点だなこれは.


「私,名無し名無しっていうんだけど,1年間よろしくね」

「……………」


………無視?




***

8月になった.
バーナビーと出会ってからもうすぐ1年になる.それは,受験生になるということを表すようなものだった.
もう3年生だ.就職するにしても,進学するにしても,大事な1年となる.

私は隣にいる人物と,汗ばむ手を重ねていた.

「暑い…」

「そうですね…」

「ならこれ外してよ」

「……………」


所謂「図書館デート」というもの.
夏休みに入ってから,バーナビーは今まで以上に勉強を熱心に始め,学校に通っている時に比べると随分と会える時間が減った.
なので私もバーナビーに勉強を教えてもらうという名目で図書館に行っている.

2人きりになるとバーナビーはすごく甘えたで,手を繋いだり,抱きしめられたり,キスをしたり,いつもじゃ絶対に考えられないくらいに私を構う.

愛されてるなあ,
そう思ったりする.

図書館に着くと,冷房の冷たい空気が外でかいてきた汗を冷やす.
毎回座る席に座ってバーナビーが持っていた私の鞄を受け取って,中から分厚い参考書を取り出す.


「やる気しなーい…」

「出してください.それならわざわざ一緒にいる意味がなくなる」

「大丈夫.私は勉強してるバーナビーを見つめるから」

「勉強しに来たんじゃないんですか」

「息抜きだよ,い・き・ぬ・き」

「息抜きくらい分かりますよ.さあ,始めるからペンを持ってください」

「はあい」


渋々ながらもペンケースから青いシャーペンを出す.
数学嫌いなんだよなあ.数字とか文字とか記号とか見るだけで吐き気がする.
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