小さな魔法

□案外悪くないかもね
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※現パロ



幼稚園や小学校や中学校の頃は,熱を出したら学校を休む.それがテンプレートだった.
私は長女で,年の離れた弟と妹がいたから,お母さんが何かと私の面倒を見てくれる熱を出した時がわりと好きだった.
食欲の無い私を気づかって,ゼリーとかアイスとかヨーグルトとかを買ってきてくれて,私だけ晩ごはんは別にお粥を作ってくれた.
体はだるいけれど,母親に甘えられる唯一の時間だったような気もする.



高校生になると,大学へは推薦で行きたかったから,必然的に学校を休むなんてことはしなくなった.
大学生になってもそれは同じ.しかも単位なんてものがついてきたからますます休むわけにはいかない.
社会人になってからは自己管理がどうとかで,熱なんてひけない.

つまり熱を出したり風邪をひいて休めるのは義務教育までだった.
でも高校行ってから病気1つしていないななんて頭の片隅で思う.




壁の時計を見ると,13時を回っていた.もうお昼の時間は終わったのか.


枕元には,ぬるい水が入ったグラス,体温計.どれも朝持ってきたもの.



この年になって熱なんか出すとは思わなかった.たしか今朝計った時は38度だった.

何年ぶりだろう.この独特の気だるさは.
たしか中学2年生の時,部活の大会の次の日に出したのが最後で,それ以降はなかったんだ.

会社に電話した時,課長は「お大事に」なんて言ってたけど,完全に自己管理ができていないと思われた.いや実際そうなんだけど.

明日提出の書類がまだ半分しかできてない.今日で終わらせようと思ってたのに.

考えれば考えるほど憂鬱になる.


明日はなにがなんでも出勤しなきゃいけないし,もう一度寝よう.

少し起き上がってから枕元のグラスに口をつけて,ぬるい水を飲み込んでから私はまた眠りについた.









ガサガサという音で目覚めた.
何?
向こうの部屋に誰かいる?泥棒?でもドアには鍵がかかっていた筈だ.
私が重い体を起こしてベッドから降りようとすると,その人物が姿を現した.



「名無し」



グラハムだ.
腕捲りしたシャツにスラックス.明らかに会社帰り.
時計を見上げるとまだ16時過ぎで,グラハムが帰ってくるわけがない時間.



「まさか早退したの?」



グラハムはパソコンデスクの椅子を引っ張り出してベッドのすぐ横に置いてそこに腰掛けた.



「朝電話しても出なかっただろう.昼になっても電話は来ない.何かあったかと思って君の家に来てみたらベッドで横になっていた」

「ごめんなさい.携帯なんて見てなかった.わざわざ早退までさせちゃって……」


「気にすることはない.君と私の間柄だ.それより何か食べた方がいい.食事をした形跡がなかったぞ.
一度コンビニへ行って色々買ってきた」



そう言ってグラハムは冷蔵庫まで行った.
そういえばまだ朝から何も食べていない.まるで食欲が沸かなかった.



「アイス,ヨーグルト,ゼリー,プリン,どれがいい?」


「………………そんなに買ってきたの」



どれも1つずつではあったけど,大勢人がいるわけではない.



「晩ごはんにはお粥でも作ろう」


「……作れるの?」


「ネットでなんでも調べられる時代だ」



お母さんみたいだ.
私の面倒をこんなに見てくれて,良い人だなあ.恋人だから当たり前なのかもしれないけど.



「だから早く治してくれ」


そう言って私の唇にキスを落とした.



「………うつるよ」


「そうしたら今度は君が看病してくれるだろう?」



熱を出すっていうのは,やっぱり悪くない.






20120819


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