**銀×土

おやすみ
1ページ/4ページ


規則正しい呼吸音が、すぅ……と一際ゆっくり、落ちるようにして引き伸ばされた瞬間、俺は思わず手を伸ばしていた。

「………………んぁ……?」
「……あ。わりぃ。起こした?」

1枚の狭い布団の上で並んで横になってんのに、よっ、と腕を伸ばさないと触れられない距離。
そんくらい離れて寝ていた……正確には今にも眠ろうとしていた土方の頬に、俺はほとんど無意識に手で触れていた。
眠りに落ちるのを引き留めるようにして。

「もう寝る?寝ちまう?」
「…………るー……」
「……」
「……から……むにむにすんなー……」

今すぐにも寝落ちてしまいそうな、とろんとした表情で瞳を閉じている土方の口から、これもとろんと眠たげな言葉が漏れた。

触れてしまえば、意外なほどに柔らかくすべすべで触り心地のいい頬の感触が去りがたく、つい摘まんでふにふにといたずらしてしまう指が止まらない。
……何より、土方に触れられたのがあんまり久しぶりで……指先が離せない。
……まるで、初めて、土方に触れた時のように……嬉しくて。
実際、俺は初めて土方の肌に触れた瞬間の時のことを思い出していた。

「…………」

なにやってんの俺。

心の中で苦笑しながら、きっとやけに真面目くさったような表情になっちまってる面をして、バカみたいに真剣に、土方の頬を指先で摘まみ続けるのを止められない。
……だってこれ、まじで久々の感触なんだよ。
今年、初めて触れたんだよ。

「…………ん、むー……」
「……」
「……れむい……から、やめろぉー……」
「…………っぷ」

伸ばした右腕で、こっちを向いて寝ている土方の頬をやわやわと弄くりまわしていたら、瞳を閉じたままの土方の顔がむずがるように歪んだから、思わず小さく吹き出してしまった。
そんな風に眉間にシワを寄せてみても、普段の険のある表情とは程遠い。

安らかに眠る寝顔も綺麗で可愛いけど、やっぱり意識があって動いてる姿が面白いと思う。
先に寝んなよ。久しぶりなんだからもっと動いてっとこ見せろよ、相手しろよ、と思う。
同時に、ゆっくり寝かしてやりてぇとも思うけどな。それも嘘じゃねぇんだけどな。

「…………っ」

……なんだろ、これ。
自分の感情が妙にこっ恥ずかしくて、ふと我に返って。
いきおい頬に触れていた手を退けたら土方のやつ、途端に、ほ、と安心したように吐息をついて眉間のシワをほどき。
……そんで、そのあどけないような表情のまま、すり、と俺の方に擦り寄ってきたから、また収集のつかない感情に襲われた。

「……」

自分の頭の下に敷いて枕替わりにしていた左腕が、洒落にならんくらいにじんじんと痺れる感覚で、ハッと我に返る。
さっきより近くなった土方の顔を、一体どれくらいの長い間、瞬きも忘れてまじまじと見つめていたんだろう。

「……さっむ」

や、俺も大概寒いが、いや分かっているが実際、体感的にも寒い。
2人で被って寝るには小さくて足りない布団1枚上に掛けていただけで、しかも離れて横になっていたから俺の背中はがら空きだった。
土方はさっきよか近寄ってきたから、ちゃんとすっぽり肩まで布団掛かってっけどな。
俺よか断然あったかそうだけどな。

「……あの。俺だけさみーんですけどコノヤロー」

というわけで、俺も暖をとるために布団の真ん中の方ににじり寄り、ついでに着ていた寝間着の中に手を突っ込んだ。

寒い時よくやるよな。ついしちまうよな。
こーやってズボンの中に手ぇ入れてあったまんの。
いやこれ俺マジよくやることだから。
寒ぃときの癖っつか、なんならいっそ習慣みてぇなそれをつい、自分のズボンじゃなくて土方のズボンでやっちゃったってことだから。決してわざとじゃないから。
ついでに言うと、ズボンじゃなくてパンツの中に突っ込んでたけど、ホントわざとじゃないから!ついだから!

「……」
「…………んぅ……?」

相当に眠いのか、土方はそんなことされて腰の辺りを直接触れられる羽目になっても、閉じた瞳を開けることすらせず。
そうして伏せていると、長さが際立つ睫毛をかすかに揺らしただけだった。
そして重たげに瞳を閉じたまま、口の中でもごもごと言った。

「……んだから…………きょぅ……むり……だかんな……」

……そもそも。

そもそも、情事のことについて自分の方から口にすることそのものがおかしい。
これはかなり眠いとみた。

「無理……?」
「……んー……むりぃ……」
「ふーん。そか」
「……わりーけろ……まじ……つかれきってて……」

なんと、悪いけど、とか言ってきた。
俺に詫びみてぇなセリフまで吐くとは、こいつどんだけ理性沈んでんの、どんだけ眠いのと驚く。
あり得ねぇ。
マジ、謝ったりとか普段のこいつからしたらあり得ねぇし。

珍しいもん見た。と、心の中ではー…と感嘆の溜め息をつき、しみじみ感心しながら至近距離にある端正な顔を見つめていたら。
とろとろと眠りに入ろうとしながら、形の良い唇がぽかりと開き、またこれも最高に眠たげでぼんやりとした、呂律の回りきれてない声が落とされた。

「……ねんまつねんし……いそが……しかった……」
「ん、そーだよなぁ」
「……ん…………がし、かた……」
「…………」

眠くて眠くてもうどうしようもないといった状態でとろとろと紡がれる言葉は、音も並びも蕩けたように頼りなくて可愛くて。
それがいとけなく開いた唇の、その無防備で気になって仕方ないような隙間から零れるもんだから、なんだかたまらないような気持ちになっちまうのなんて、あっという間だった。

「…………なーひじかた」
「……ん……んー……?」
「よく眠れるように、気持ちいーことしたげよっか?」
「……んぁ?……ん……?……いららぃー……」
「……」

いやでも、なんかさっきより顔、とろ〜〜んとしてんですけど。
実はスキンシップ大好きなの?この子?
パンツに手ぇ突っ込まれて、腰を直に触られて、それでも土方は眠たげな瞳をうっとりとするばかりで、俺が顔を寄せてこつんと額をくっつけても嫌がる素振りすら見せない。

……やべぇ。
疲れきって眠い土方、超ヤベぇ。超可愛い。

「いらない……?」
「……ん……ぅ……」
「なんでだよ。……してやるよ」

額と額をくっつけたまま、あえてそういう雰囲気を匂わせながら囁いて顔をじっと覗き込んでみても、土方は鼻の頭にほんのわずかにシワを寄せてみるだけだ。

「……できねー……って……」
「最後までしねぇよ。気持ちよーくしたげるだけ」
「……ん……んー……れもー……

「お前が忙しかったのは知ってるよ。疲れ、たまってんだろ」
「……らからぁ…………」
「……ん?」
「……つかれ……すぎて…………むり」
「え?」

……無理?

そのセリフに引っ掛かりを覚えて、土方の腰に回していた手をふと、前に持ってきてみると。
そこにはふにゃふにゃした感触の核心があった。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ