**近×土

蜜月。
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「へ……?悪ィ、今なんつった?」

近藤さんの言葉を聞き間違えることはあまりないとは思ったけれど、しかし。
全く馴染みのない単語の羅列が出てきて、予測だにしていなかった構想やら段取りやらを述べられ、事態が飲み込めなかった。

一緒に休暇?温泉?
2人で……?

いや、それ仮想……ってか、夢想レベルならしたことあるけど。

「ま、まじで?」
「おう、マジで」
「……夏なのに?」
「は?別にいいじゃん夏。むしろいいだろ夏休みだろ。あ、夏なのになんで温泉ってこと?」
「いや、一番、犯罪率が高いのに……」
「…………トシ」

そんな時期に仕事外れるわけにいかねぇだろ?と、正直な意見を述べたら、ガックリと肩を落としため息を吐かれた。

「トシ、俺と一緒に行きたくねぇの?」
「いや、ま、まさか」

そんなことは、ない。あるはずない。

「たった2、3日くらい、俺らの誇る優秀な隊長達に任せてもいいと思うんだ。いや、おべっかじゃなく、仕事押しつける言い訳でもなく、本当の意味で」
「わ、わかるよ。それはわかっけど」

……いいのだろうか。

「…………」

そうしてやっと、近藤さんに提案されたことを、頭で考えてみた。

…………近藤さんと……2人で……旅行……。

……ふた、ふたりで??
ふたりっきりで……!?
旅行ォォォォ!?!!

「〜〜〜〜っっ!!」

ゆるゆるとした思考が、行ってみれば今更思いがけないようなところに行き当たり。
言われたことをやっと、やっとそのまま自覚したと自覚した瞬間。
ぼっ…!と音が出るくらい、いきおいよく顔が熱くなった。

それを目の当たりにしていた近藤さんが、俺が何も言わなくとも悟ったのか、にまり、と嬉しそうな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

「よかった」
「おれ、まだなんにも言ってねぇ……」
「顔に書いてある」
「ううう……」

だって。
だって、思いが通じ合って初めて身体を重ねて以来ずっと、何もなかった。
本当はその2日後に……って約束してたけど、急な仕事でダメになって。

顔見たり喋ったりするだけでもそりゃ嬉しいもんだけど。でも付き合う前と何にも変わんねぇそのやり取りは、なんだかすげぇ切なくて、もどかしくて。……不安で。
かといって実際忙しくて、2人の時間は取れず。
そして天の邪鬼で不器用な俺は、ふとした時間に送ってきてくれてた近藤さんの合図や秋波にも、戸惑ってばかりで受け止められず。

でも本当は、ずっとくっついていたくてたまんなかった。

(……やべぇ。嬉しくて泣きそう)

どう反応していいかわからず、カッカとやけに熱い耳を両手で押さえて悶えていると。
「よかった」ともう一度、ホッとしたような調子で口にした近藤さんがしかし、自嘲気味に語り出した。

「我慢できなくてよ」
「え……」
「だってトシ、少しも触らしてくんねぇじゃん」
「だ、だって……っ」

少しも、て。
ちょっと触られるだけで、だめになっちまう……のに。
廊下で行き違ったときとか、トイレで鉢合わせしたときとか、あまつさえ風呂場でばったり!なんてときに。
触られるわけに、いかねぇだろが。

(トシ……)
(……だ、めだって……!んなとこで……!!)
(いいじゃねぇか少しくれぇ)
(あっ……だっめ……!だめだってば!!)
(え?顔触んのもダメなの?)
(だめ!!……あっ耳、やだぁっ)
(ちょ……っ、……ってかホントは、こーゆーとこ触りてぇんですけど)
(やん……!だめぇえ……っ)

「ちょっと触っただけで、やんやん言われてもう……」
「だって……!あんたがいきなり耳とか首とか、尻、とか……っ、触ってくっから……っ!!」
「可愛い声しか聞けねぇし、もうムラムラポイントMAXだっつーの」
「ななななにそれ!?そのポイント制度なに!?」
「全部溜まると素敵なプレゼントが貰えるんです」
「ぷっは!なにそれ!」
「だから頂戴?できたばっかの恋人との秘密の旅行券。二泊三日の旅」
「…………!」


きっと、わざと茶化してそう言ってくれる近藤さんの、気遣いも笑顔も申し出も何もかもが嬉しくて。

それなのに、やっぱり不器用でどうしようもなく不粋な俺は結局、気の利いた返しをすることも上手く答えることもできず。

ただ黙ってこくん、とひとつ頷いた。



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