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□Target lock on!!
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階段を降りて正面の玄関を出る。
外は真っ暗、宿舎の明かりが地面の一部を照らしているがそれでも夜の暗闇には勝てない。
名前はそんな暗い空間をただただ走る。
今日は新月の日なので珍しく星がとても綺麗に見えるが、生憎今の名前にはそんな事どうでも良く、気付きもしなかった。



「待ってくれ!苗字!」



名前の耳に緑川の声が微かに聞こえた。
名前は走るスピードを速めた。
ずっと全速力で走っている為に息があがっていく。



「待っててば!」



緑川の声が名前の背中にぶつかる。
間もなくして名前は後ろに振った右手首を掴まれてしまった。
名前は黙って足を止めた。
緑川も右手首を掴んだまま足だけ止めた。
2人の荒い息遣いだけが聞こえる。
名前の左手にはまだ先程使ったロープが残っていた。



「………怒鳴ったりしてごめん。」



先に息の整った緑川が謝る。
口先だけではなくちゃんと頭も下げていた。
名前はゆっくりと振り返り、緑川を見て目をぱちくりさせた。


名前がしょっちゅう緑川にイタズラするだけに喧嘩も多い2人だが、緑川がここまで謝る事は少なかった。
どちらかと言えば元々の原因を作った名前の方が謝っていたし、気付いたら仲直りしているというケースも少なくなかった。


だから今のこの状況が名前にとって不思議でたまらなかった。



「……緑川?」


「………本当にごめん。……とりあえず外は冷えるから宿舎に戻ろう?」



緑川が頭を上げてそう言うと、名前は無言で頷いた。
緑川は掴んでいた名前の右手首を離して改めて名前の右手を握った。
そしてそのまま歩き出した。
名前は多少戸惑いつつも右手を握られている事を拒絶しなかった。
ただ緑川に連れられるがままに緑川の隣を歩いていく。



「……泣いてた…んだよな?さっき……」


「えっ…?気付いてた…の…?」


「うん…」



緑川の返事を聞いて名前の顔が余計に暗くなる。



「……自分勝手だよね…ごめん…。」


「大丈夫。もう怒ってないから!だからもうそんな顔するなって!笑おうよ!笑う門には福来るって言うじゃん!」



緑川はニカッと笑って見せた。
それに釣られて名前も少し笑顔になった。



「………福来るかな?」



名前はポツリと呟いた。



「ん〜…少なくとも俺のトコには来たかな。」


「マジ?具体的にどんなのが?」


「教えな〜い」


「え〜。教えてくれないんならこれからもイタズラするよ〜?」



緑川は頬を掻いた。



「苗字のイタズラなら別にいいけど…」


「ええっ!?」



緑川の爆弾発言に名前は驚きを隠せない。
名前は1歩緑川から距離を置いた。
でもお互い手は握ったままだ。



「何で!?実は緑川ってMなのっ!?」


「違う!そんなんじゃなくて……その…」



緑川はちょっと女々しく視線を名前から逸らした。
いつの間にか2人は宿舎の玄関まで来ていたのでお互いの表情がちゃんと伺えた。
名前は緑川をじっと見詰めた。



「…………言わない!!俺が名前に負けたみたいだ!!」



緑川は名前の手を離して宿舎に入って行った。
名前が一瞬寂しそうな顔をした事に緑川は気付いていない。
名前はいつも通りを装った。



「もう何なのよ〜?じゃあこれから先イタズラしても怒らないでよ〜?」



緑川は一旦立ち止まって振り返った。



「もちろん!」



力強く答える緑川に名前は首を傾げた。
しかしこれからもこの関係を保っていられる事に安堵し、親指を立てて人差し指を緑川の背中に向けた。
そして小さな誰にも聞こえない声でバンと呟き、その手を上に向けて撃つ真似をした。
獲物を狙うとびっきりの笑顔で  





Target lock on!!

(いつかその心を射止めてやる!……なぁんてね♪)





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