その他
□諦める
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玄関の扉が閉まる音がした後、彼は自室に入っていったようだ。その足音はなんの迷いもなかった。
午前4時。薄暗い僕の部屋。
『昨日、何してた?』
『昨日、何の日か覚えてる?』
『昨日が、僕達の付き合って一年目の記念日だったんだよ?』
言葉は口から出ていかず、胸の底で鉛のように残って、ただ一つポロリと小さくこぼれ落ちたのは
「諦める」
視界の端に映った綺麗に包装された彼が好きなブランドの財布。センスの無い僕が恥ずかしがりながらも知り合いの店員さんと必死に選んだ財布。
きっと彼に似合うだろうカッコいい財布。
最近避けられていたのを自分なりにどうにかならないかと浅はかな思いが詰まった財布。
彼には 渡せない財布。
僕には 使えない財布。
そっと持ち上げ 机の横のゴミ箱に入れた。
そこが本来の居場所かのようにすっぽりとはまり
その姿が僕のようだと
頬が濡れたのを感じた。
もう、彼を―――諦める。
思いを断ち切るように、僕は部屋を出た
*********
リビングの机の上に紙が置かれていた。
そこに薄い字で書かれた
『さようなら いち』
急いで部屋に確認しに行きたいのに足がゆっくりとしか動かない。
これがなにかの冗談だと、部屋にはいつものように彼奴が居るはずだ、と
彼奴の部屋にはもう1ヶ月は入っていない。
顔も見ないようにしていた。
ゆっくり扉を開き、手探りで電気をつけた。
そのまま だった。
俺の曖昧な記憶と変わらない、彼奴の部屋、ただ一つ、彼奴が居ない事を除けば
家を飛び出し彼奴が行きそうな所は、と考え、そんな所は俺は知らないと気づいた。
家の中を歩く事で自分を落ち着かせようとした。
昨日の夜はたしかに居た――靴があったのを覚えてる、今は彼奴の靴無い。
携帯電話にかけてみた――彼奴の机の上に無造作に置かれていた。
そこで、机の上の卓上カレンダーが目に入って、昨日の所に大きく『一年!』と書きこまれていた
「………一年……?」
あぁ 覚えてる。
去年の今頃俺達は付き合い始めたはずだ。
そうか 昨日だったのか……告白した日。
よく覚えてたな 彼奴。
さらにゴミ箱にプレゼントらしき物も見えた時、
視界が滲んだ。
それを拾い上げ、包装を取り外し中身を見るとさらに視界が悪くなり頭痛がした。
あぁ 彼奴が俺の知り合いと仲良く話をしていたのは、この為なのか―――。
end....?