連載

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ざわざわした教室。

教師である俺が踏み入れても静かになることはなく、授業始めるぞ、と声をかけて漸く落ち着く。

全く騒がしい連中だ。

でも嫌いではない。

あくびをする生徒や屈託のない笑みを投げかけてくる生徒たちの顔ぶれを見渡して、授業開始の挨拶をする。

座った途端窓の外を向く晋ちゃん。

今日はやる気がないようだ。

多串くんは相変わらずきつい目つきで睨んでくる。

俺相当嫌われてるみたいね。

刺さる視線を感じながら、全く気付かないような顔をしてテキストを開くと、読み上げる。
響くのは抑揚のない声。

良い朗読とは言えないけれど、改善するつもりはなし。

新八やヅラなんかは真剣に聞いているみたいだけど、他の奴らはちゃんと聞いているのだろうか。

既に机に突っ伏しているいる生徒までいて、少しむなしい。

少なくともあの二人には、俺の声は届いていないようである。

朗読の後は、前回の授業の終わりに配ったプリントの問題を解かせる。

この間の時間は何もしなくていいから、楽だ。

改めて教室をぐるりと見回す。

晋ちゃんは窓を向いたまま。
せめてプリントを出してくれると嬉しい。

多串くんは今度はプリントを睨みつけている。

彼にとったらそんなに難しい問題ではないと思うのだが、きっと問題文が頭に入って来ないのだろう。

肩を竦めたところで、銀ちゃん、と高い少女の声に呼ばれた。


「どうした?神楽」


とんとんとプリントを指さす神楽のもとへ向かい、身を屈めて覗き込む。


「質問アル」

「この問題?」

「うん。答え教えてほしいネ!ぜんぜん分からないアル」


悪びれもなく言って退けた神楽に、教えるわけないでしょうが、とポン、と頭を叩く。

ぶうと頬を膨らませる神楽に軽いヒントをやって、深く考えるよう促した。

シャープペンを唇と鼻の間に挟んで思案を始めた少女の姿を認めると、その足でさらに教室の後ろの方へ歩いて行く。

足を止めたのは多串くんの横だった。


「大分考えてるみたいだけど、土方くんでも分かんないー?」

「……」


わざとからかうような調子で言ってみる。

食ってかかって来そうなものだけど、俺の方をちらりと見て、それきり反応はない。


「ちゃんと読めば分かると思うよ」


何を言っても今の多串くんには届かない気がする。

そうっとしておいた方がいいと踏んで歩き出すと、その後ろの方へ声をかけた。


「高杉ィ、せめてプリントくらい出してくれないと先生泣くよ?」


ちらりと俺の方を向くと、視線は再び窓の外。

あれ、何処かで見た反応だ。


「高杉くーん、俺の貴重な時間どんだけ割いてそれ作ったと思ってんの?先生泣くぞ?いいの?」


しつこく催促すると、ちっと舌打ちしてファイルを開く。

そこから印刷された文字以外何も書かれていない紙を取り出すと、シャープペンを握った。

握ったけれど、少し経ってもペンは進まない。

何かを書こうとしては止まり書こうとしては止まりを繰り返した晋ちゃんが、俺を見上げた。


「んなに見られてると、解けるモンも解けねぇよ」


少し眉を寄せて、煩わしそうな顔である。

まあ、問題解くときに人に見られるのが嫌だという気持ちは俺にもよく分かる。

分かるけれど、あえて。


「大好きな銀八先生に見られてると思うと緊張しちゃう?」

「大好きってなァ…。気が散るんだよ」

「ふうん。じゃあ、先生向こう行くから分かんないことあったら呼びなさい。後から個人的に国研来てくれてもいいけどね」

質問なくてもね、そう付け足すと晋ちゃんが軽く相槌を打って流す。

前方では多串くんの肩がびく、と揺れて強張る様が見えた。

小さい声で、だけどわざわざ多串くんには聞こえるように言ったからね。

予想通りと言ったところだ。

気にしていないふりをしてしっかり聞いているなんて、多串くんは意地っ張りだよね。

まあ俺も高校生相手に、ちょっとあれだとは思うけどね。

きっと授業が終わったら、晋ちゃんは俺に着いて来る。

近頃お決まりのパターンだ。

それを見て、多串くんはどう思うのかな。

もう自分の入る余地はないと、すっぱり諦めてくれればいいのに。

それでも向けられるのだろう鋭い眼光を思いながら、何も考えていない目をして、俺は教壇に立つのだ。








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