連載
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いらいらする。
非常にいらいらする。
何のつもりだ、あの教師。
いちゃつくのなら他の場所でやれと言いたい。
人の後ろであんなやり取り、見せつけているのかと、腹立たしかった。
その上馬鹿にしたように分からないのかなどと聞いてきて、問題が解けないのは誰のせいだと言ってやりたかったものだ。
もちろん、答えは言わなくても分かるだろう。
授業の後アイツを追いかけて行った高杉の後ろ姿を思い出すと、何だか苦しかった。
「…かたくん」
翻る黒とワインレッドが、目に焼きついているようだ。
「土方くん!」
ここで漸く、俺は呼ばれていたことに気がついた。
「…何ですか?」
言いながら、呼ばれたほう、黒板に目を向ける。
白線に赤や黄色のチョークで書き込まれている図はぐちゃぐちゃとしていて、少し見にくい。
何だかいびつな三角形だ。
「答えは?」
「答え?」
何の質問をされたのかがまず、分からない。
状況から察するに、黒板の図に関連しているだろうということは分かるがそこから先の推測は容易ではなかった。
とりあえず、面積だろうと適当に目安をつけ、即座に計算すると言ってみる。
「24cu…?」
教室がしんとなる。
先生が固まったから、見当外れのことを言ってしまったのではないかと焦った。
焦って、何とか取り繕おうとするも、上手い言葉が出て来ない。
「あの…」
「わし、ここの角度聞いちょったけんのう…」
「え、角度!?」
「土方くんは聞いてなかったっちゅうことかの…」
くすくすと笑う声が聞こえる。
総悟と山崎めすごく愉快そうな顔してやがる。
すみませんと謝って、問題を解くように下を向いた。
情けなくて、誰とも目を合わせたくなかったから。
もとより前の時間から、いい顔はしていないしな。
それも今間違えたのも、全部アイツのせいなのだ。
常ならば、俺が授業を聞いていないなんてことはないのだから。
午後の授業が終わると総悟が駆け寄って来た。
俺に竹刀を差し出しながら、土方さん、と口を開く。
「今日はどうか、お手柔らかにお願いしやすよ」
何だよわざわざ、と呟くと、憎めない笑みを浮かべたまま、総悟が答える。
「あんた、機嫌悪いみたいですからねい」
「悪くもなるだろ、赤っ恥かかされて…」
「なかなか面白かったですがねィ」
可笑しそうに笑われて、再び先の出来事を思い出し、溜め息をついた。
俺があんな失敗、するなんて。
「それもこれも、アイツが…」
「アイツ?」
「ああ。アイツ…って、」
そこまで言って、口をつぐむ。
いけない。
言ってしまうところだった。
本当に今日の俺は、気まで緩んでいて仕方がない。
「土方さん?」
総悟が不思議そうな顔を向けて来る。
「いや、何でもねえ」
ふうん、返って来た返事は存外軽いもので。
些か驚く。
「まあ、詮索はしやせんがねえ」
その一言に安心を覚える。
詮索されるとやっかいだった。
俺にとってそれは、誰にも、近藤さんや総悟にだって話せる話ではなかったのだ。
察しているのかいないのか、総悟は それより、と話題を変える。
「部活のこと、部員から文句貰うのァ俺なんですからねい?あんたがしっかりしてくれねぇと困りまさあ」
先程の注文を思い出す。
だからお手柔らかに、ということか。
そう言われたって、総悟も言った通り今の俺は機嫌が良くない。
「出来たらな」
そう呟いて鞄を肩に引っ掛けた。
総悟の文句を背後に聞きながら、すたすたと歩き出した。
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