薄桜鬼小説2

□精一杯の愛を
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簪でもなく鏡でもなく


君に捧げるこの想い。




精一杯の愛を







「んー…」





朝食も終わったにも関わらず、


平助は独り部屋に残り頭を抱えていた。





「どうしたんだ?平助」



「まーだこんなとこ残ってやがんのかぁ?」







そこへ左之と新八が入ってくる。





「別に左之さん達には関係ねぇだろー」





邪魔しないでくれよ。と一瞥すれば、


平助はまた唸り声をあげた。





「なんだなんだー?お兄さんに話してみろって」





平助が悩んでいるのが余程珍しいのか新八が楽しげに近づく。


にやにやとした顔が平助の神経を逆撫でした。





「あーっ!うっせぇよ!新八っつぁんは黙っててくれよなー」





「なんだと!?」と掴みかかろうとする新八を左之が止める。


そして双方を宥めるように優しい声をかけた。





「まぁ無駄かもしれねぇけどよ。話すだけ話してみろよ」





「でもさぁー…」





それでも渋る平助に左之が小さく呟く。





「千鶴」





その瞬間、平助の肩が小さく揺れた。


左之と新八はにやにや笑っているが、


平助はだらだらと脂汗を流している。





「で?千鶴がどうしたんだー?」





「なんだ?どっか出掛ける約束でも取りつけたのかー?」





平助は下唇を噛んだが、


2人がこうなったらもう止められない。


面白がっているのだから理由がわかるまで付きまとってでも聞き出すのだろう。





「だーっ!わかったよ!言えばいいんだろっ言えば!!」





左之と新八が顔を見合わせて笑った。


平助は渋々口を開く。





「千鶴がさぁ…俺の破けた羽織知らない間に繕ってくれてたんだよ…」





もっと面白い話を想像していたのか新八は「それが?」と首を傾げていた。


左之は全てを理解したように頷く。





「で、お礼がしたいわけだ」





その瞬間平助の顔がほんのり赤く染まった。





「らしくねぇってのは…わかってんだけどさ…っ」





ドンッと大きな音がしたと思えば新八が前のめりになって、


「それならそうと早く言え!」とでも言うように胸を叩いている。





「そんなもん千鶴ちゃんなら何でも喜んでくれるに決まってんじゃねぇか」





良いこと言うなぁと自分に酔いしれているのか目を輝かせる新八に、


平助は鋭い視線を向けた。





「だから新八っつぁんに言うのは嫌だったんだって」





新八は「なんだと!?」と反抗するが平助は気にせず続ける。


さっきより声色に元気がないのは、


平助がこれについて本気で悩んでいることを伺わせた。





「それじゃあ…だめなんだよ……」





部屋が静かになる。


すぐ近くでは隊士たちが他愛ない話をしているはずなのに何も耳に入って来なかった。





「千鶴なら何でも喜んでくれるなんて…そんな適当な気持ちで考えたくないんだ……」





暫く2人は固まっていたが、左之が俯き気味の平助の頭をポンポンと撫でる。





「その気持ちがありゃあ十分だろ。お前の″精一杯″は伝わると思うぜ」





その一言に平助の顔は一瞬で明るくなり、


左之に例を言うとそのまま部屋を後にした。











その翌日。


昼時も過ぎ小腹も空いてきた頃だろうか。


千鶴の部屋を平助が訪ねる。


千鶴が戸を開けると部屋いっぱいに広がりそうな甘い香り。


平助が部屋に入ると予想通り甘い香りが広がった。





「これ…」





千鶴が固まるのも無理はない。


平助の手には御盆山積みにおはぎが乗っている。





「ずっとずっとお礼がしたいって思ってたんだ!」





勢いよく御盆を千鶴に差し出し、


平助はすぐ言葉を続けた。





「きっと千鶴は何をしても、ただお礼を言うだけだって喜んでくれるんだと思う!でもそれじゃ俺が嫌で!!」





そこまで早口で言うと平助は千鶴をまっすぐ見つめて緩く苦笑を浮かべる。





「だから…これが俺の精一杯」





千鶴は見開いていた目を戻すと極上の笑みを平助に向けた。





「ありがとう平助くん!すっごくすっごく嬉しい!!」





笑顔で見つめあった後、


千鶴がおはぎに手を伸ばす。


だがすぐに千鶴が固まった。





「どした?千鶴」





平助も不思議に思いおはぎに手を伸ばすと、


口のなかには甘さを越えた何かが広がる。





「うっわ!ごめん!!砂糖の量間違えたみたいだ」





「食べなくていいよ」と慌てて平助は御盆に手を伸ばすが、


千鶴はしっかりと御盆を掴んでいた。





「平助くんの気持ちが嬉しいんだから食べなくていいなんて言わないでっ」





それから千鶴は「それに…」といたずらな笑みで続ける。





「もう私がもらったんだよね…?」





千鶴のその笑みに平助が固まると、


千鶴はいつもの笑顔に戻って立ち上がった。





「このおはぎに合う渋めのお茶煎れてくるね!」





ぱたぱたと千鶴は部屋を後にする。





1人取り残された部屋。


平助は熱気を帯びた顔を冷ますのに奮闘していた。






お礼だなんてそんな口実なしにして。


精一杯の愛を、君に。





                          fin

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