薄桜鬼小説2

□にぎやかな日々を、君に
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落ち着きやお礼なんて求めてないの。


その明るさに救われてきたんだから。




にぎやかな日々を、君に







「何だ?この甘い匂いー」





朝食も終わり誰もいないはずの台所から何故か甘い匂いがする。





たまたまそこに通りかかった平助が顔を出すと一が立っていた。





「一くん?何してんの?」





一は平助を一瞥すると再び火に向かう。


それから少し躊躇うように口を開いた。





「牡丹餅を…作っているのだが…」





平助が鍋を覗きこむとそこには小豆の残骸がある。





「えっこれあんこ?炭じゃなくて?」





平助の心を代弁するように聞こえてきたのは総司の声。


平助ならまだしも総司に言われたのか腹立たしいのか、


一は平助を睨みつけた。







「あんこだが文句があるのか?」








総司は一の苛立ちを楽しむように笑う。





「いや?悪くないけど?」





笑顔の総司と不機嫌な一の睨み合いに耐えられなくなった平助が口を挟んだ。





「で!何で一くんは急に牡丹餅を?」





総司を相手にするだけ無駄だと思ったらしい。


一は平助に向き直ると話を始める。





「先日千鶴より感謝を述べられた故、俺も日頃の感謝に…と思ったのだが…」





新選組の屯所では食事を作ることはあっても甘味を作ることはない。


見よう見まねで作ったところ小豆の残骸ができたらしい。





「千鶴には俺も感謝してるしな。俺も手伝ってやるよ」





どこから話を聞きつけたのか次は左之が顔を覗かせた。





「甘味処の娘には心当たりがあるからな。作り方は訊いてきてやる」





「じゃあさじゃあさ!俺は左之さんと一緒に行って材料仕入れてくるよ」





左之と平助が出ていく。


その後「じゃあ僕は一くんと作る方に」と呟いた総司へ、


一は大仰にため息をついた。








「千鶴喜んでくれっかなー」





嬉しそうに笑う平助に、「あいつが喜ばねぇはずねぇだろ」と左之も笑って返す。





「てかさぁ。総司が調理側行ってるけど大丈夫なのかな」





平助と左之は苦笑いを浮かべて屯所へ走った。








「よし。作り方はわかった」





「まずは小豆をー」





楽しげに小豆へ手を伸ばした総司を一が止める。





「何…?一くん」





止められたのが不服なのか、


総司は多少苛立ちが混じった瞳で一を見た。


だが、ここは一も譲れない。





「あんたが調理側につくのは百歩譲って認める。が、小豆には触れるな」





総司が「どういう意味?」と視線を向けると、


一の視線の先にあったのは餅米。





「味付けをあんたに任せるわけにはいかない。あっちで我慢しろ」





総司は「ちぇーっ」と子供のように呟くと米の方へ向かう。





「一くん。俺もなんか手伝おうか?」





「ではまず水を…」





「斎藤ー。俺はいつでも味見できるぜー」





「あんたは黙っていろ」











そんなこんなで完成したのは昼過ぎの小腹が好き始める時間。


千鶴の部屋の障子を開けると幹部4人も集まっているからか、


千鶴は目を丸くして固まった。





「み・みなさんどうしたんですか?」





「日頃の感謝の礼だ。食べてもらえぬか」





一が手にある牡丹餅を差し出すと千鶴の顔がパッと明るくなる。





「ありがとうございます!みなさんも一緒に食べましょう」





そう言うと千鶴はみんなを部屋に招き入れた。


そして牡丹餅を一口。


期待していた反応とは違い固まる千鶴を見て、


一もすぐさま牡丹餅を口に運ぶ。


すると広がったのは口の中にこびりつくような甘味。





「何故牡丹餅が…っ」





一の口から漏れた問いに答えたのは総司。





「一くんの小豆、お菓子なのに全然甘くないからさぁ。最後一部の牡丹餅に甘み足したんだ」





一は勢いよく刀に手をかけると総司を振り返る。





「あんたに殺意を覚えたことは一度や二度ではないが…今日こそは許さん!」





「さ・斎藤さん!」





千鶴が止めにかかったところで再び障子が開いた。





「何してんだ。てめぇら」


そう言って土方が千鶴の部屋へ入る。





「牡丹餅があんなら丁度いい。千鶴。これをやる」





千鶴の手に渡されたのは茶葉。





「お茶…ですか?」





「桜を使った茶らしい。知人からもらった。飲め」





笑みを浮かべた土方に千鶴も満面の笑みを返すと、


千鶴はすかさずお茶を淹れて持ってきた。





「「いただきます」」





一は牡丹餅に手を伸ばした総司を止めると、





「あんたはこっちだ」と激甘になった牡丹餅を指ししめす。


「それは平助くんが食べるんだよね?平助くん甘いもの好きだから」と



半ば強引に平助は甘い牡丹餅を頬張らされた。


そんな様子を土方と左之が楽しげに見つめる。


そして土方は千鶴の湯飲みからお茶がほとんど減っていないことに気づいた。





「千鶴。茶が減ってないようだが」





「あっえと…何かもったいなくて」





苦笑を浮かべる千鶴に土方は呆れたような、でも柔らかい笑みを向ける。





「知人からもらったっつっただろうが。気にせず飲め」





「じゃ遠慮なくー」





間髪入れずに総司は千鶴の湯飲みを奪ってお茶を飲み干した。





「てめぇが飲むんじゃねぇよ!その茶は高いんだ!」





その瞬間左之が吹き出す。





「かっこつかねぇなぁ土方さん。知人からもらった茶の値段をなんであんたが知ってんだ?」





土方も自分の失言に気がついたのか「たまたま店で見かけた」とだけ呟いて座った。





少し静まった部屋で続いて口を開いたのは平助。





「もう俺やだ!口ん中甘すぎて味が覚麻痺してるよ!!」





必死で懇願する平助に総司は黒い笑顔を向ける。





「味覚麻痺してるならいいじゃない。ほら平助くん。あと3つだけだよ」





「いやだっつってんだろ!!」





そこで平助と総司の小さな戦いが始まった。





「まったく…あいつら少しは静かにできぬのか」





「でも…楽しいです」





呆れた一に千鶴がそう返す。





「ならいい」





一は柔らかく微笑んだ。











騒々しい。


けどそれがいい。





                              fin

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