薄桜鬼小説2

□これからの日々への序章
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今までよりもっと素敵な日々を。


欲張りかもしれないけど願いましょう。




これからの日々への序章







「千鶴」





千鶴がびくっと肩を揺らす。


呼ばれた意味はわかっていた。





「えっと…なんでしょうか…?」





恐る恐る千鶴が振り返ると呆れたような、拗ねたような、


それでいて少し悲し気な一の姿。


こんな顔をさせたいわけではないのに…





「あんたはいつになったら普通に俺の名を呼んでくれる」





一に「名前で呼べ」と言われたときは嬉しかったのを覚えている。


だが、普段通りの生活となると身体に染み付いた習慣と恥ずかしさが邪魔をして、


千鶴はなかなか名前を呼べずにいた。





「な・名前で呼んでますよ…?一さん」





誤魔化そうと千鶴が笑みを浮かべるが、


明らかにその笑みはひきつっている。


そしてその場しのぎの名前呼びも一には通用しなかった。





「前に名前を呼ばれたのは一昨日だ」





一の目はまっすぐ真剣に千鶴を捕らえて放さない。





「そ・それは…」





千鶴は視線を泳がせるが、


それでもなお一は千鶴を見つめる。


そして耐えきれずに千鶴が声を上げた。





「慣れてないんですっ」





千鶴の必死な訴えに一がすかさず返す。





「だから慣れる為にも呼んでほしいと言っているんだが」





まったくの正論に千鶴は言葉を詰まらせた。





「そんなに千鶴は俺の名を呼びたくないのか?」





「違います!」





その問いには千鶴が即答する。


決して名前を呼ぶのが嫌なわけではない。





「ただ…気恥ずかしくて…」





少し俯いた状態で言うと、


すぐ傍の一が小さく笑った。





「なっ何で笑うんですか!」





「いや。やはりあんたは可愛らしいと」





一の子供扱いに千鶴の頬は膨らんでいく。


そんな様子を見て一がますます笑った。


それからしばらくして千鶴が名案だというように口を開く。





「なら斎藤さんが私に口付けをしてくれる日は名前で呼ぶっていうのはどうですか?」





自分だけ恥ずかしい思いをするのは不公平だ。


それに一は恥ずかしさからかなかなか千鶴に口付けをすることはない。


最近ようやく普通に手を握るようになったぐらいだ。


千鶴に口付けすることなど滅多にないだろうと考えたのだが、


その考えが甘かったと気づいたのは数秒後。





一は急に千鶴の手をとると、


そのまま引き寄せて口付けをする。


触れるだけの優しい口付け。


でもとても温かい口唇だった。





千鶴が驚いて固まっていると、


一は少し気恥ずかしそうに目を逸らす。





「今まではあんたに嫌われるのが怖くて手を出さなかった」





千鶴はまだ顔を赤く染め固まっていたが、


一は気にせず続けた。





「だが、そのような条件なら好都合だ」





目の前で一が悪戯に笑う。





「毎日名で呼んでもらう」





その悪戯な笑みに見惹れてしまった時点で千鶴の負けは決まってしまった。


一の上手を行こうとしたのがそもそもの間違いである。





「あっ…えっと…お手柔らかに…」





そう呟いてみたがこれからの日々に胸を弾ませてもいた。


きっと今まで以上に甘い日が待っている。









まだ始まったばかりの二人の日々。


作るのは色鮮やかで甘い未来。





                             fin

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