緋色小説1

□please forget
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君の声が頭から離れない。


忘れたいの。忘れたい。




Please forget





『珠紀先輩…っ』

滴り落ちる深紅の雫。


血と言うにはあまりにも美しすぎるそれは、空気に触れるとたちまち黒く濁った。








『慎司君…っ』





小さく貴方の名前を呼ぶと私の頬に冷たい貴方の手が触れる。





『苦しまなくていいんです。珠紀先輩は幸せになってくれれば…』





こんな時にまで私のことなんて考えないでいいよ。


もっと我が儘言ってよ。


死んでしまうようなこと言わないで。





『僕のことは…忘れて…くださいー…』





頬からずり落ちた手。


紅く染まった空とは裏腹に気持ち悪いくらいに白くなっていた。





それはもう過去の話。








「……慎司君…」





忘れてと言った貴方を私は今も覚えているのです。


忘れられないのです。


ふとした時に蘇るのはやっぱり貴方の顔なんです。





「珠紀…」





「拓…磨…」





貴方がいない世の中をどう生きていけばいいのかわからないの。


貴方を覚えていることが辛くて辛くて仕方ない。





「拓磨ぁ…助けて…っ」


拓磨にすがるようにして泣く。


支えがないと立ってられない。





「助けてよ…拓磨っ」





何で忘れてなんて言ったの?


貴方は私に忘れ物を残していったの。


貴方が取りに来ることは2度とないから私はどうしていいかわからなくなってしまった。





「忘れたいよ…忘れたいの…っ」





苦しいよ。


貴方を覚えているのはとても苦しい。


貴方の記憶があまりにも美しすぎるから私の心を締め付ける。





「どうしたらいいの…っ!?」





忘れることは簡単なようですごく難しくて。


いつも何かを忘れる時はどんな風にしてた?


日常生活で忘れ物をするように貴方のことも忘れられたらいいのに…





「どうして…忘れてなんて言ったの…っ」





忘れてしまってもよかったの?


私に忘れられても何とも思わないの?





「いっそ忘れないでって言ってよっ!!」





その程度だったのでしょうか?私は。





残酷な残酷な世の中。


残酷な残酷なあなた。


私に何を望む?


問いかけても答えが返ってくる筈なんてないけど。





「忘れさせてよっ!!拓磨っ!!」





拓磨はきゅっと唇を噛みしめる。





「…っんで…」





手を握って必死で何かをこらえながら拓磨は口を開いた。





「何で…それを俺に言うんだよ!!」


拓磨はぐいっと珠紀を引っ張りそのまま唇を重ねる。





「!?っ…いやっ」


思わず拓磨を突き飛ばした。





今も…今もまだ覚えてる。あの人の唇の感触を…ぬくもりを…。





「拓…磨……?」





「忘れたいものさえ忘れられねぇのに忘れたくねぇもの忘れられる筈ねぇだろ!?」





私は貴方を傷つけていたのかもしれない。


忘れさせてとすがって泣いて、貴方を苦しめたのかもしれない。





忘れたくないと心の奥で思ってた。





「ごめん…なさい…」





記憶はとても痛くて。


面影は胸を締め付ける。





君を思い出す度、鉛が1つ胸に落ちた。


それは独りで立って生きて行くにはあまりにも重くてー…


こんな思いをするのならいっそ忘れてしまえればと願った。





「拓磨…私覚えておく」





あの人の笑顔も声も…。


触れあった体温を私が忘れてしまったら誰が彼を覚えてる?





「忘れるってことは…殺してしまうことと一緒かもしれないから」





忘れてしまったら貴方の証明がなくなってしまう。





刻もう。私の中に永遠と。貴方が生きていた証を。













                                    fin

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