緋色小説1

□一足遅れのお正月
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明けましておめでとうって、

直接伝えられることが幸せ。




一足遅れのお正月





「よーう!明けましておめでとうだ。真弘先輩様が来てやったぜ」



「おめでとうー」



テンションの高い真弘とテンションの低い拓磨が宇賀谷家に来た。



「明けましておめでとうございます。珠紀先輩はまだですよ」



ぱたぱたとエプロン姿の慎司が中から出てくる。


部屋からはお節料理の匂いがした。


「邪魔するぜー」とずけずけ入っていく真弘に


「お節は珠紀先輩が来てからですよっ」と慎司が慌ただしくついていく。





拓磨は玄関に座りこんだ。


珠紀は未だ季封村に帰ってきていない。


正月には一度帰ってくる予定だと言っていたが、


それも叶うかわからないらしい。


つまるところ珠紀はまだしばらくは帰ってこない可能性がある。





守護者6人はそれぞれ手紙や電話で珠紀と連絡をとっているが、


それと直接会うのではてんで違う。


守護者はそれぞれ珠紀に会いたいと思っていたが、


そのなかでも拓磨は別格だった。


好きあっている2人。


会えないのが辛いことは必然。





拓磨がふと戸を見つめれば、ガラス越しに影が見える。





「珠…っ」





開いた戸の前にいたのはまるで人形のような顔立ちの……





「祐一先輩……っ」





待ちわびた人ではなかったことに拓磨は肩をあからさまに落とした。





「珠紀ではなく落ち込むのはわかるが新年早々そのような反応をされれば…俺も多少傷つくんだが」





拓磨が謝罪しようと顔をあげると、そこには待ち続けた姿があった。





「そうだよ拓磨。そんな反応祐一先輩に失礼でしょ」





電話越しでは何度も聞いた声。





「珠…紀……」





その名の少女はにっこりと微笑む。





「ただいま!拓磨」





拓磨が立ち上がって珠紀に触れようとした瞬間、


珠紀の姿が霧のように消えてしまった。





呆然とする拓磨に聞こえてきたのは1つの声。





「幻術だ」





そのあと「祐一先輩!悪趣味っすよ!」と拓磨は叫んでみたものの、


祐一は素知らぬ顔で中に入っていく。





会いたいのはただ1人の女性なのに、どうにもうまくいってくれない。





いくら溜め息をこぼしたところでどうにもならないことなどわかっているが、


それでも拓磨は溜め息をこぼした。





「何…久しぶりに会って早々溜め息って」





そこに居たのは晴れ着姿の珠紀。


思わず拓磨が手を伸ばすと珠紀がそれを握る。





「ただいま。明けましておめでとう」





「おめで…とう……」





未だ放心状態の拓磨を見て珠紀は微笑んだ。


何度も拓磨が望み続けた表情。





「年賀状…拓磨だけ明けましておめでとうって書いてなかったんだもん。


伝えなきゃって思って」





拓磨は新年のその挨拶を直接伝えなければと、


敢えて年賀状に書かなかった。


帰ってくると願いをこめて。





そして現に今、珠紀は拓磨の目の前にいる。



「わざわざ晴れ着着て来たんだけど…そこについては何もないの?」





はっと現実に引き戻された拓磨が珠紀を見ると、


少し不機嫌そうな顔をしていた。





「綺麗だ。すごく」





そう言うと珠紀の顔は真っ赤になり「ありがとう…」と小さく呟く。





「おい拓磨ぁっ珠紀帰って来たんだろ!さっさと入ってこい!


慎司がお節食わしてくれねぇ!」





「静止!静止!!お帰りなさい珠紀先輩!」





「2人の為にも早く入ってこい」





中から声が聞こえてきて、2人顔を見合わせて笑った。





「今行きます!」





拓磨はそっと珠紀に向かって手を差し出す。


珠紀もその手を握った。








直接話しかけることができる。



この距離が幸せ。





                                fin

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