薄桜鬼小説2

□一番の愛を
1ページ/1ページ




大人げないって呆れる?


でもそれほど君が好き





一番の愛を






長い冬が終わり斗南でも陽気を感じるように
なった頃。



「一さん明日お休みなんですか!?」



「あぁ」



仕事が忙しくてなかなか2人でゆっくりする
時間がなかったが、

ようやく休みがもらえたらしい。



「明日はあんたの行きたいところに行こう」



優しく微笑む一に千鶴が慌てて返す。



「そんな!一さん最近忙しかったんですから
家でゆっくり休んでましょう」



「一緒に居れればそれでいいんです」と続け
る千鶴を愛しく思いながら一が口を開いた。



「ではせめて…」





そうして翌日やってきたのが近所の川原。
家からさほど離れておらず、

ゆっくりするのに最適だろうと一が声をかけ
ると、

千鶴は嬉しそうに頷く。



「一さんっ水の中はやっぱりまだ冷たいです
よ」



一は川の側まで行って水の中に手を突っ込ん
でいる千鶴をハラハラと見つめていた。



「川の側まで寄るのはいいが気をつけてく
れ。心臓に悪い」



そんな一の気持ちを知ってか知らずか千鶴は
笑ってみせる。



「そんなっ大丈夫ですよー…あ!」



千鶴の声と共に水音。



「千鶴!!」



慌てて一が駆け寄ると、

千鶴は足だけ水に浸けて川に入っていた。



「仔犬が…」





川からあがってきた千鶴の手には桶に入った
仔犬。



「捨てられたんでしょうか…?」



「…おそらくそうだろうな」



2人の表情が急に翳る。

仔犬は小さく震えながら2人を見つめてい
た。



「凍えているようだ。とりあえず暖めてやろ
う」



一がそう言うと、

千鶴はパッと顔を明るくする。



「私手拭い持ってます」



桶を置いて素早く手拭いを取り出すと、

千鶴は仔犬に向かって手を広げた。



「おいでっ」



その瞬間仔犬が飛びつく。

だがそれは思わぬ方向だった。

予想外に仔犬に飛びつかれた一はそのまま倒
れこむ。



「……」



「や・やめろ。やめろと言っている」



仔犬は一の顔をまるで元々飼い主だったかの
ように舐めた。

一もやめろとは言っているが、

その表情は案外満更でもない。



次第に千鶴の口が尖っていく。

その肩はわなわなと微かに震えていた。



「だめ!」



そう言うと千鶴は仔犬を抱きかかえる。



「千鶴?」



一が首を傾げながら身体を起こすと、

千鶴は頬も膨らませながら立っていた。



「いくら仔犬といえど一さんは私のです!譲
れません!!」



ぎゅっと仔犬を抱きしめていた腕から力が抜
けていく。



「一さんにそんな嬉しそうな表情させるのは
いつだって私じゃなきゃいや…」



小さく呟かれた言葉。

敬語ではないそれは本音であることを物語っ
ていた。



「千鶴」



一は千鶴の方へ向き直ると手をあげる。

咄嗟に千鶴が目をつぶったのは自分がわがま
まを言っているとわかっているから。

幼稚だとわかっているから。



だが、千鶴が受けた一の手は予想とは違って
優しかった。



「…え……?」



一は千鶴の頭を撫でたあと、

そのまま自分の胸に押し当てる。



「案ずるな」



顔は見えなくても千鶴に届く一の声はとても
優しい。



「俺の表情が柔らかかったのなら、それは全
てあんたのおかげだ」



暖かい陽気の中で感じるのは暖かい貴方の体
温。



「俺に愛しいという感情をくれた、千鶴のお
かげだ」



私のものだって思っていいですか?

貴方の中でも私の存在は大きいものだって。

そう思ってもいいですか?



「…一さん……」



「どうした」



「大人げないこと言ってごめんなさい」



千鶴が呟くと一が小さく笑った。



「俺はあんたの本音が聞けたようで嬉しく思
うが。それに…」



一はもう一度千鶴の頭を撫でて笑う。



「それを含めて俺が好いた千鶴だ」



千鶴はきゅっと一の着物を掴んだ。



「仔犬…うちで飼いましょうか」



見えなかった筈の千鶴の顔が、

今はもうしっかりと一を捕えていた。



「でも愛情を注ぐのは私の次にしてください
ね」



子供じみた我が儘を言ってみる。

答えなんてわかってた。



「当然だろう」





俺の一番は君。

君の一番も俺。






fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ