薄桜鬼小説2

□"誕生日"がある君へ
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「おめでとう」よりも「ありがとう」の方がきっと近い。


君が今ここにいる現実。




"誕生日"がある君へ




「誕生日おめでとう」





「ありがとうございます」





「では早速朝餉の支度に取りかかるか」





「はい!」





朝がきた。


千鶴の誕生日である朝。


例年の通り、千鶴の誕生日は一が炊事洗濯から全ての家事をこなす。


それも結局は千鶴が一の傍を離れないため必然的に2人ですることになるのだが。





そして一通り家事が終わった昼下がり、


千鶴は一の手を引いて縁側へ向かった。





「一さんも一息つきましょう!」





その笑顔がなんとも無邪気で一も自然と微笑む。





2人で過ごし始めてからというもの、


家で過ごす時間はとても柔らかく穏やかな時間になった。


新選組の屯所時代からは想像もできない。


あの頃から千鶴の笑顔はあったが、


今の千鶴の笑顔を作っているのは紛れもなく自分であるということが、


一にとっての喜びだった。





「きゃあっ」





手を引いて前を走っていた千鶴の身体が傾き、


慌てて一は握られた手に力をこめ千鶴を支える。


それから小さく溜め息をついた。





「千鶴。少し落ち着け」



誕生日だからはしゃぐ気持ちもわからないではないが、


千鶴は朝からこの調子で何度か怪我をしにかかっている。


ことあるごとに心臓がはねあがるのだから、


一も気が気ではなかった。


だが千鶴は口を尖らせて呟く。





「落ち着いてなんていられません」





小さな千鶴の反抗に驚いていると、


千鶴は先程から浮かべていた笑みで続けた。





「だって今日から一さんに1歩近づいたんですよっ」





「…一さんの誕生日までですけど」と小声で付け加えた千鶴に、


一はふきだして笑う。





「な・何で笑うんですか!」





珍しいほど笑う一に千鶴が抗議すると、


一は優しい笑みを浮かべて千鶴を引き寄せた。





「は・一さん…?」





すっぽりと腕の中に収まった千鶴を一はぎゅっと抱きしめる。





はしゃいでいた原因はただ誕生日だからというのではなく、


1歩自分に近づいたからだと言う千鶴が可愛らしくて、愛しくてたまらない。


人を愛することなどないと思っていたが、


今腕の中にいる人への想いは間違いなく愛なのだろう。





「1歩近づいたなどと考える必要はない」





一の言葉に千鶴は一を見上げながら首を傾げた。


それを見て一は優しい声色で続ける。





「千鶴と俺の間には1寸たりとも距離など存在しないだろう」





年齢差だとか、考え方だとか、


そんなものには微塵も意味なんてなくて。


ただあるのはお互いを想う気持ちだけ。


君を想う気持ちだけ。





「一さん。ありがとうございます」





千鶴は少し俯いて小さく口を開く。







「何が…だ?」





一が問いかけると千鶴は一の背に腕を回して力を込めた。





「最高の…誕生日です…っ」





少し震えている声は最上級のお礼の証。


嬉しいなんて安っぽい言葉でなんて表せない、


彼女の感情のあらわれ。





礼を言うのは君じゃない。





「礼を言うのはこちらの方だ」








ありがとう。


生まれてきてくれて。













                                 fin

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