秋〜山崎編〜
「あっ山崎さん。お帰りなさい」
任務から帰ってきた山崎を千鶴が迎える。
「あぁ…ただいま。雪村くん」
早朝に帰ってきたにも関わらず起きている千鶴に驚いたのか山崎は目を丸くした。
「お疲れ様です。朝餉の刻になったらお呼びしますからゆっくり眠ってください」
仕事について何も訊かないのは千鶴の気遣いである。
千鶴の優しさを感じ、仕事で張り詰めていた山崎の気が緩んだ。
そしてそれが顔に表れて山崎の口角がかすかにあがる。
「ありがとう。そうさせてもらう」
土方への報告は既に終えていた。
今から寝れば1刻くらいは眠れるだろう。
千鶴の言葉に甘えさせてもらおうと自室に足を向けたが、すぐにそれを止めた。
「そうだ。雪村くん」
山崎は千鶴の元へ引き返すと千鶴の手に淡い朱色の包み紙を握らせる。
「…これは…?」
突然のことに理解できない千鶴が首を傾げて山崎を見ると、
山崎は視線を外そうと俯いた。
「その…最近町で人気の栗饅頭だ」
近頃、幹部の間では巡回などの帰りに千鶴へのお土産の甘味を買っていくのがはやっている。
初めは近藤が、続いて沖田が、それに乗っかり平助が、左之が、新八が。
最終的には斎藤まで買ってくる始末である。
「俺は甘味にそこまでこだわりはない。よかったら食べてくれないか」
「いいんですか!?いただきますっ」
千鶴の笑顔を見て山崎は胸をなでおろすが、そこではたと気付く。
千鶴は幹部連中からほとんど毎日のように菓子をもらっていた。
もう十分すぎるほど甘味をとっている。
むしろうんざりしているかもしれない。
だが、彼女はそれを顔に出すような人ではないのだ。
しかも秋は太りやすいという季節。
「…す・すまない…!今は秋だから無理に食べなくても…っ」
千鶴の手にある栗饅頭に手を伸ばすと、
千鶴はそれをするりと避け、栗饅頭を2つに割る。
「じゃあ2人で食べましょうか」
山崎は行き場のない手を下げることも忘れ固まっていた。
千鶴は半分にした栗饅頭を山崎の手に握らせて顔を下に向ける。
「こんな時間からお店を開けている甘味処もあるんですね」
「!?」
彼女は知っていたのだ。
わざわざ彼が店に頼んで甘味を買ってきたことを。
そしてそれについてあえて何も言わない。
でも仄めかすくらいに無邪気であること。
「じゃっ私お茶を淹れてきますね!」
「−…っ」
遠ざかっていく足音。それに比例してあがる体温。
秋風よ。どうかお願い。
火照った僕の顔を冷まして。
fin