波瀾万丈

□我武者羅
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「ごめん!遅くなった!」

「おう、来たな!……んなに急がなくてもいいぞ。大丈夫か?」

ムッキムキのアニキが大きなハンマーのようなものを持ちながら振り返り、笑う。
ぜーぜーと肩で息をするこちらを見ての労わりの言葉ににじーんっとしながらも、息を整えることに集中した。

俺でもお手伝い出来ることない?
と纏わり着いてようやく貰った『お手伝い』。
船大工の仕事はどう頑張っても自分には手伝えないが、それでも、一般人でも何かしら出来ることはあるのではないか。

何でもいいから!
肩もみでもなんでもやるって!
と主張したのに、初っ端から遅刻。
これはいただけない。

「忘れてたわけじゃないんだけど。なんか色々と、って、ごめん。言い訳だ。ちゃんと掃除付き合うよ!お手伝いさせて!」

うっす、と両手に気合を入れて見上げれば、アニキはアニキだった。
この海のように心が広いに違いない。
ニカっと遅刻を笑い飛ばしてくれたその様に心の底から感動しつつ遥か上にあるアニキの顔を見上げる。

「そんじゃ、手本を見せてやる。いいか、スーパーだから見逃すなよ」

「オッケーです」

棚から何かを取り出したアニキがよっこいせ、とヤンキー座りとなる。
それに習うようにして同じように座り込んだ。
なんだろうと見つめた先。
物凄く大きな手の中にあるのは―――小さな……

「……石?」

「そうだ」

「え?それでどうすんの?」

確か、甲板の頑固な汚れ掃除を頼まれたような気がした…ような。
てっきりモップとかデッキブラシとかの作業かと思っていたのに。

石。
首を傾げながら手元を見つめていると、小さな袋の口に縛ってあった紐を解く。

「削るんだ」

袋に手を差し入れて握りこまれたのは砂。
それを作業場にある汚れの上へと撒き散らし、その上を優しくなぞるようにフランキーが手を動かした。
手というよりは正確には石なのだけれど。
ざらざら、さらさらと砂と石が擦りあうような音が響き、優しくも繊細な動きに見入っていると、しばらくしてふーっという大きな息と共に床に撒かれていた砂が取り払われる。

「綺麗になっただろ」

「おおおおおお!」

砂を撒かれるまえにあった、こびり付いていた黒い汚れのようなものが砂と石に削られて綺麗になくなっていた。
感動である。

「仕上げは油だな」

「油?」

「船用のな。どうしても水が入ってきやすいからこうやって削った後は塗って撥水だ」

綺麗になった木々の表面にたらりと蜂蜜色をした液体が垂れる。
それを指先で丁寧に塗りこんで、

「これで完了だ」

「ほー」

「出来るか?」

「出来る!」

汚れのなくなった甲板は心なしか輝いて見えた。
お手本まで見せてくれたのだ。
これなら自分でも出来る。

「ま、そんな大きな汚れはないはずだぜ」

差し出された石と砂入りの袋を受け取って。

「オッケ!ピッカピカにしてやんよ!」

と見せ付けるように力瘤を作る。
フランキーに比べれば小枝にもならないほど細く見える腕をワハハハと笑われながら頭をぐしゃぐしゃにされて。
期待してるぞ、なんていわれたら頑張らねばならない。

よし、っと気合を入れて。
ヤンキー座りから立ち上がろうとした瞬間だった。
キンっとした耳鳴りの中、目の前に無数の星が舞うのが見えた。
思わずパチパチと瞬きをしながら目元へと手をあてる。

なんだこれ?
付き纏う違和感に眉根を寄せるようにして息をつめる。
きゅーっと頭を後ろに引っ張られているような、血の気が引くような、そんな感覚の後、
立ち上がったはずの身体がガクンっと重力にしたがって沈むのが分かった。

「***?…おい?***!」

慌てたようなフランキーの声に、大丈夫、立ちくらみ―――と、そう答えたかったのに、喉が震え声が出なかった。
ぐるぐると脳みそが、まるで激しい回転を加えたかのように揺れる。
いくら瞬きをしても、目の前はチカチカと星が飛び交うように弾けていた。
やばい、と思った瞬間にはもう意識が遠のき、五感が黒く塗り潰されてしまっていた。




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