NO WHERE.

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午後の散歩道となっている針葉樹の森を足早に歩く。
どんなに風が強くとも雪が深くとも、慣れた道だ。
しばらく木立の中を歩いていくと、ポカっと何もない空間に行き着ついた。

開けた場所。
そこで大概バトルになるのだが、今日に限ってなんの気配も感じられなかった。

野生の彼らの鼻を誤魔化すことは出来ない。
ここの姿を現せば彼らからの何かしらのアクションが決まりごとのようになっていたのに、足跡ひとつない雪原に風だけが吹き抜けていった。
やはり雪崩のせいだろうか。
住処が埋まってしまったとか、流れてしまったとか、そういったトラブルに見舞われてしまったのかもしれない。
ぐるりと辺りを見回してから城ではなく雪原へと足を踏み出した。

ここまで来たら気配くらいは感じて帰りたい。
あのウサギとは思えぬほど凶暴な存在達が無事なのだと確かめたい。
知能は高いし運動能力もずば抜けているので雪崩ごときにやられはしないとは思っていても、やはり心配だ。

ザクザクとわざと足音を立てるようにして走る。
この足音に気づいて寄ってきてくれるようにと願い、雪原を抜け、また針葉樹の木立の中へと入り―――山を下る。
勢いをつけて木立を走りぬけ、あと少しいけば街が見えてしまうのではないかという位置まで来た時、不意に雪の感触が変わった。
まるで誰がに踏み荒らされた後に新雪が積ったかのような感触に眉を寄せながら走り抜けようとして辺りの木々が不自然に倒れている事に気がついた。

人があまり入ることのない山。
雪も風も入山を拒むように強く吹きつけるこの極寒の地で、木々を倒せる存在は少ない。

「ラパーン!」

立ち止まり叫んだその時、白く染まった景色がもぞりと動く。
駆け寄った先で盛大に眉をひそめることになった。
降り積もった雪で薄くなってはいるが、この雪山に似合わぬ色が見える。


―――赤。


木に背をその巨体を預けるようにぐったりしている者や、雪の上に寝そべるようにピクリとも動かない者。
ガルルル、と喉奥で唸られゆっくりと両手を上げた。

「食卓には並ばせないから大丈夫だ」

かなりの数が力なくその場に身動き出来ずにうずくまっていた。
ある者は怪我をした箇所を舐め、ある者は身動きできない仲間の傍に寄りぬくもりを分け与えている。

一体何が起こったのか。
雪崩のせいかと思ったが、それにしては怪我の箇所も多く、群れがバラけていない。
このウサギをここまで傷つけるような生き物がこの山にいたのだろうか。
巨体の割には知能が高く凶暴なウサギ達をここまでぼろぼろにできる者とは一体、と驚きながらあちこちを見回る中で、カチン、と乾いた音が足の下から聞こえた。

首を傾げそっと足をあげる。
新たに積った柔らかい雪を掻き分けて拾い出した者は、鉄製の弓矢。
鋭く頑丈な矢じりに指先を這わせて目を細める。
動物が道具を使うことはない。
とすればこれは『人』がこのウサギ達を攻撃したことになる。

視線を流す先は以前一度だけ訪れたことのある街。
穏やかな人たちばかりだと思っていたのだが、狩りにでも来たのだろうか。
しかし、と辺りを見渡して感じる違和感と不快感に細い息を吐く。
食す為の戦いならばまだしも、これはまるで―――


「なぶり殺しだ」


命を奪われたウサギは今のところいないようだが、食す為にこのウサギ達を攻撃したわけではないらしい。
ただ傷つけられて蹲るウサギ達。
反撃はしたのだろうが、叶わなかったのだろう。
とりあえず犯人探しは後回しだ。

「酷い奴をドクとチョッパーのところに運ぶ。人の医者だが大丈夫だ。言ってる事が分かるか?担ぐぞ?」

意識のない巨体に手をかけて辺りを見渡す。
触るなと攻撃されれば止めるしかないのだが、辺りにはウサギ達の荒い息だけとなる。
警戒を表す唸り声がない事を確認してから、両肩に二匹。
担ぎ上げて振り返る。

「元気なのがいないか?もう一匹連れて行きたいんだが、生憎肩が二つしかない」

雪の上でぐったりと弱い息だけを繰り返す姿は肩に担ぎ上げた者達と同じように酷い状態だった。
二匹を置いてまた帰ってくるという時間を考えると、出来ればまとめて連れて行きたい。
いくらこの土地生まれのウサギであろうとも、この寒さの中に怪我をしたまま長く放置はしておけないだろう。
雪の中でギラギラと光り輝く瞳がこちらを見つめ、一匹のラパーンがのそりと起き上がる。

比較的若いそのラパーンがぐったりした存在を担ぎ上げたのを確認してから、山頂へと向かい駆けた。
ここまで下りてきてしまえば、城との距離を考えるとあの全身が凍傷になりかけだった少年のように崖をいった方が早い。
だが、肩にウサギを乗せたままであの垂直の崖を登れるほど器用ではなかった。
降りる時と同じくほぼトップスピードで駆ける。

肩へと乗せた巨体がひっかからないように木立を縫うように抜け、雪原を走り、ひたすら城を目指す中で背後から近づいてくる気配に視線だけを送る。
一匹のラパーンが同じような速度で背に仲間を背負った状態で追ってくる。




「もう少しだ」






2012.4.16
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