波瀾万丈

□急転直下
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そうなのだ。
いらっしゃいませー、と振り返って、ドア近くにいた人物が麦わら帽子をかぶっていることにギョっとした。
普段ワンピースの世界だと強く感じることはあまりないのだけれど、あの漫画の特徴的な―――否、主人公が大切に持っているもの。
シンボルとされているもの。

それが麦わら帽子。

だからこそそれをかぶった青年の登場にちょっとばかし驚いたのだ。
まさか主人公登場か!?、と。
月曜に出る週刊誌はコンビニで立ち読む程度で、ワンピースはファンっていうわけでもなく、流し読みが多かったとはいえ主人公はちょっとやそっとで忘れるもんじゃない。

麦わら帽子ってことはもしや主人公?
主人公なのかな?

なんて、ミーハーな気持ちになりながらにこりと笑みを浮かべた瞬間、戸口あたりにいた麦わら帽子の青年がふらふら〜っとまるで千鳥足のような状態でこちらへと向かってくるではないか。
おいおい、なんだ、昼間っから酔ってんのか?
訝しげに見つめる中、麦わら帽子をかぶった酔っ払いは千鳥足のまま突き進んできて、べたっと。
まさにベタっという文字がぴったりなくらいの勢いで背中へ引っ付いたのだ。

ぎゃー!

と叫び声をあげたのは言うまでもない。
同性に――しかも細マッチョな男に背後から圧し掛かられるような体勢になれば叫びたくもなるというもの。
なにすんだ、離せ、とばかりに暴れてみたものの、接着剤がついてるんじゃないかと思うほどに離れない。
身をよじっても足を踏みつけてみてもダメ。
回された腕にぎゅうっと力が入り背中から体重をかけられる。
とろけきったような身体にこの酔っ払いめ!と激しく罵った。
がしかし、どうやっても、何をしても、何を叫んでも―――まったく離れないのだ。

ちょっとお客さん、なんなんすか、と背後から肩口に顔を押し付けられた(めっちゃ麦わら帽子が頬に突き刺さってくる)体勢を崩さない相手に一応穏やかに問いかけてみるものの、返ってくるのは無言。
とろりと力が抜けた身体をこちらに預けてくるような体勢のくせに、その拘束から何故か抜け出せない。
しかも細身なのに筋肉質なせいかかなり重い。

「生き別れの兄や弟とかか?」

「まったくもって記憶にございません。つか酔っ払いでしょ、これ」

「そう、だな……酒臭くはない、が」

店長の声にすんっと鼻を鳴らしてみせる。
アルコール臭はない。
でもどうやってもあの千鳥足とこのとろけ具合は性質の悪い酔っ払いにしか見えない。

「やっぱ兄弟なんじゃないのか?」

「絶対にないですって!」

この世界に血を分けた兄弟がいたら驚きものだ。
だって、漫画だ。
漫画の世界なのだ。
いたら困るし、怖い。
助けて、店長、マジで困ってますとうるうるの視線で助けを求めているのに雇い主は肩をすくめるだけ。
まったくもって非情だった。

「あの、お客さん?本当に何なんですか。離してくれると嬉しいんですが…つか、変態ですかコノヤロー」

下手に出つつもポロっと本音が漏れちゃったりしているが、スルー。
思いっきりスルーで返事なんか返ってきやしない。
おい、マジで出るとこ出てもいいぞ。
訴えるぞ、と段々とこの状態の恐怖が怒りへと変わりかけたその瞬間、

「こんな所にいた!大変だ!海軍が――……」

カランカランっとドアベルを鳴り響かせて入ってきたのは……たぬき?あれ?鹿?え?なんだあれ?
二本足で喋る動物…なのか?え?という存在だった。
背中にひっついている輩を離そうとしていた動作を一瞬止めて見入ってしまう。
店長を見上げれば、店長も驚きのまま固まってしまっていた。


動物が二本足で立ってる!
喋ってる!


驚きは未だ薄れることはないが、ドア近くに立ったままの奇妙な生き物―――なんか、見たことがあるようなないような。
元の世界でかなりキャラクター展開されていたような…。
ちびっこにも大人にも人気だった存在に似ているような…。



………。



いやいや、まさかな?
まさかだよな?
まさかこの麦わら帽子の青年、あれってわけじゃない、よな?
あの動物もあれってわけじゃない、よな?
違ってくれと祈るような気持ちで不自然に言葉を途切って固まったままの存在を見つめていると。
可愛らしい青い鼻をヒクヒクと動かして、空気中の匂いを嗅ぐような仕草をした。

そして、
ふらふら〜っと千鳥足のような足取りでこちらへと向かってくる。
まるで先ほどの青年と同じような状況に腰が引けた。
引けたが背後に麦わらの青年がいて1ミリたりとて動けなかったのだけれど。

ちょこよた、ちょこよた、危なっかしい足取りで進んできてこちらを見上げた。
そのつぶらな瞳がちょっと可愛いなんて暢気にそう思ってしまった瞬間、二本足で歩く動物がおもむろにぴょこんっとジャンプした。

そして、
ぺたっと左足の太ももあたりにひっつく何か。
二本足で歩く動物のような、なにか。
うっとり、恍惚、といった表情を浮かべる―――動物のようななにか。

「えー……?」

「おい、どうなってんだ」

「知りませんよー!」

背中には麦わらの青年、左足にはタヌキのような鹿のような二本足で歩く良く分からない動物…。
どうすんの、これ。
どうなってんの、これ。
もうなんか恐怖でしかない。
怖いったらない。
助けて!誰か助けて!
ああ、早く自由になりたい。
男を背中にひっつけてたくないし、動物もどきを太ももにひっつけてたくない!
神様、仏様、誰でもいいから助けてー!と心の中で絶叫した瞬間だった。




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