ジャンパー!
□まずはかわいがってきにいってもらいましょう
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きょとんっと目を見開き、こちらの言葉に驚きながらも自らを指差してみせる。
静かに頷けば、ずいっと身を乗り出してまるで内緒話のように声を潜めた。
「本当はさ、ほいほいネタバレさせていいもんじゃないんだよね。だって喋ったら対策取られちゃうじゃん?命に関わるじゃん?」
「対策できるようなもんなのか?」
「んー、同じような系統な人だったらね」
さらりと言われ唸るのはこちらだ。
命に関わると言うのだからきっと弱点をさらせと主張したようなものなのだろう。
さてどうしたものか、と言葉を捜していると、カップを手にした***がゆるりとした笑みを浮かべた。
「ま、ちょっとくらいならいっかなー」
「いいのかよ」
昨日も思ったが、この青年は少しばかり危機感がないのではなかろうかとこちらが心配してしまう。
帰れないかもしれない、と落ち込んだその数秒後には、やはり今と同じように『ま、いっか』の一言で片付けたのだ。
本人なりに状況を楽しんでいるのかもしれないが、いささか暢気すぎる。
大丈夫か、と見つめる先で、
「どうせなら、青い鳥のお兄さん―――マルコさんも一緒にどうぞ」
サッチだけを映していた瞳がふいっと動き、食堂の入り口近くに据えられる。
「バレてたかい」
「そんなに気配駄々漏れならバレますって」
その言葉にマルコと共にぎょっとする。
長年の付き合いからいるだろうなぁとは思ってはいたが、探れるような気配ではなかった。
それを駄々漏れと称すとは。
ヘタヘラとした抜けている青年のようでいて、やはり底知れない。
椅子を引き隣に腰掛けたマルコと視線を交わす。
なんとも言えない間を読まずに***はにっこりとした笑みを浮かべなから口を開いた。
「昨日ひっかかってくれた『だるまさんがころんだ』がひとつめ」
「あれか」
叩きつけられた覇気に混ざり合い、こちらを取り巻いて離れない異質な感覚。
抵抗らしい抵抗も出来ずに不気味な感覚に飲み込まれていくのを思い出すだけで、背筋がざわりと落ち着かなくなる。
「円―――、あーっと、俺の力の及ぶ範囲で昨日の言葉を聞いたら手のひらが鳴るか俺が触れるまでは身動きが取れなくなるようになってるんだ」
「範囲ってどれくらいなんだよい」
「んー……この船くらいは丸ごと余裕かなぁ」
ほんの少し何かを探るように遠くを見ながらポツリと一言。
「凄いな」
「手のひらが鳴らなかったらどうなってたんだよい?」
「ずーっと動けないまんま。俺の影響力がなくなるまでね。俺が死ぬか、この船からかなり遠くまで離れるかまで効力は続くよ」
「ほとんど無敵じゃねーか」
白ひげ海賊団の代表とも言えるモビー・ディック号。
巨大なくじらのを模したその船は1600人の精鋭達が暮らす。
大きさも桁外れだ。
それを丸ごとと称する驚きを読んだかのように、にこやかな笑みを崩さずに***が続ける。
「そうでもないよ」
「あん?」
「だから『声が』って言ったじゃん?」
「??」
「声が『聞こえ』なかったら意味ないんだって」
苦く笑われて、ピンっとくる。
確かに甲板にいた連中は自由を奪われたが、親父は違った。
船室にいたせいかコイツの『声』は届かなかったのだろう。
「悪魔の実だっけ?みたいに能力と引き換えに海に入ったら力が抜けるとかおぼれるとかそういうのはないんだけど、強い技にしたいなら制約と誓約を持たせなきゃならないし。
あ、絶対にこれはやらないから威力増してくれっていう約束ね。もし破ったらかなり重いしっぺ返しがくるんだな、これが」
「で、その制約と誓約は?」
「ああ、それはね―――って、言うわけなくね!?ぺろっと言えるようなもんじゃないからね!?」
さらりと聞いたマルコにさらりと答えかけた***が慌てたように身を震わせる。
本気でうっかり言いかけてしまったらしい。
「俺と***との仲だろい」
「まずどんな仲なのか聞きたいっつーか、出会って一日の相手にほいほい言えるかっつの」
むしろどんなに深い仲でも教えらんないし、とふいっと横を向いたのだけれど、追いかけるようにマルコの指が伸びる。
顎に差し入れられ、横を向いてしまっていた顔を正面へと引き戻した。
「全てにおいて、時間なんてもんは関係ねぇだろい?」
低く囁く声と同時にすぅっとマルコの瞳が細まった。
おお、なんだ、どうしたんだ、と隣に座る存在と顎を掴まれている青年と交互に見つめてしまう。
爽やかな朝には不釣合いなほどの雰囲気。
仕草は色を含んでいるように見えるので、周囲にはもしかしたら一番隊隊長が異世界からの人間を口説いていると映ったかもしれない。
けれど、青年を見つめるその瞳は仕草を丸々裏切っていた。
おいおい、マルコどうしたよ。
気持ちも分からんでもないけど、こんなトコであからさまに、なんてのは珍しいじゃねーの、と驚きつつも成り行きを見守る中で、
熱を帯びているようにも見える視線を受ける相手は興味深げに瞳を覗き込み、
そして、
「あら、いやだ。わたし、くどかれてるの?」
と真正面から威圧されているくせに、場違いなほど婀娜っぽい仕草で首を傾げた***は唇の端を持ち上げてみせた。
なんとも微妙な気持ちになる。
決して女らしいわけではないのに、海で焼けたことのなさそうな白い肌と意外と長い睫が頬に落とす影とのコントラストが妙に目を引いた。
くるくると表情の変わるのでそれに先に目がいきがちだが、異世界の青年は意外と整った顔立ちをしている。
パーツの一つ一つが、小さな顔に完璧な配置で並んでおり、伏せ目がちに黙って座っていれば同性であると分かっていても見惚れてしまうだろう。
「そうだといったらどうするよい」
「………ドン引きする」
「男の純情もてあそぶとはひでぇ奴だ」
マルコの口調は弄ばれた男が責めるような口調であるが、見詰め合う二人の顔には先ほどとは一転、心底楽しげな表情が浮かんでいた。
「じゃぁ、二つ目でいいよい?何かあるんだろ?」
さっき『ひとつめ』と言ったもんなぁ、と繋げたマルコに***は笑った。
「抜けめないよね」
と言いつつ静かに珈琲の入ったカップを口元へと引き寄せる。
薄く色づいた唇が白いカップの淵を食み、にんまりと弧を描く。
その微かな仕草だけで全てを悟る。
ああ、言う気がないらしい、と。
二人が一歩も引かずに完璧なまでの『笑顔』の応戦をしているテーブルには誰も近付かない。
まぁ、当たり前だよなぁ、と思いながら、決着がついたようなつかないような二人のやりとりをサッチは一人、コーヒーをすすりながら眺めることにしたのだった。
まずはかわいがってきにいってもらいましょう
(うんうん、異世界人なんて存在自体が貴重な宝だしなぁ)
(それでふたつめは?)
(……しつこい男は嫌われるぜ?)
2011.07.7
珍獣の飼い方10の基本