波瀾万丈

□奇奇怪怪
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「***ー!遊ぼう!」

「遊ぼう!」







穏やかな天気にカモメの声。
頬を撫でる海風の中―――目の前で、ししし、エッエッエッ、と船長と船医に笑われてポカンっと呆けてしまった。

だって、ちょっと感動。
いや、めちゃくちゃ感動。

あの超大作の漫画(アニメ+映画)の主人公と一番人気キャラに笑顔で誘われるとは思わなかった。
血が流れればいくら離れろと訴えても酔っ払いかのごとく引っ付いてくる相手ではあるけれど、やはり主人公達。
この感動をどう説明すればいいだろう!
思わず、おう!って答えたくなってしまうのも主人公マジックか。
だがしかし、感動のまま返事をしたいのだけれど、身体がついていかなかった。

「悪い、眠い、寝たい」

「眠い?」

「え?寝るのか?」

「うん、凄く眠い」

「朝だぞ?」

「うん、眠い」

感動はした。
心の底からじーんとした。
感じていた眠気もちょっとは吹っ飛んだ。
でもそれはあくまでもちょっとなのだ。

対策が立てられないよー、怪我しないっていったって一生は無理だよー、日常生活じゃちょっとしたことで血が流れるよー、ささくれも剥けないじゃーん、
とウダウダしていたので、不憫に思ったのか綺麗で優しいロビンが軽い読み物として本を貸してくれた。

え?これが軽い読み物?と首を傾げてしまうほどに分厚い英文を読むのはなぁ、さすがになぁ、だって俺日本人だもん、とお断りしようと思ったのだけれど『大丈夫。面白いわよ』の一言で、大学受験英長文読解の練習にもなるかな、と読み出してみたら―――ハリーポッターだった。

いや、内容が魔法界の英雄とかじゃなくて。
英文なんだけど、こう、すらすらと読めるというか。
ハリーポッターを原書で読みたい・読めるといった人たちの気持ちが分かるというか。

分厚いのに読みやすい。
しかも面白い。
ぐいぐいと読者を本の世界へと引き込んでくる。

ベッドに横になって読んでいたらいつの間やら夜。
明るくて寝られんと怒られたので、カンテラを持って甲板へと移動して。
カンテラの柔らかな光の中、ロビンに借りた本を一晩中読んでしまったのだった。
面白かったー、と満足して本から視線をあげれば、なんと辺りが明るくなっていることに気がついた。

朝だ!

慌ててキッチン兼ダイニングへと飛び込んで朝食を作るサンジをうつらうつらしながら見守り、朝食をご馳走になり、―――お腹がいっぱいになったら、なんかもう眠気がピークなんですけど。

眠い。
物凄く眠い。

ふらふらする、と辿りついたところで横になろうとしていた時に、船長と船医に『遊ぼう』と誘われた。
ごめん、無理。
眠い。
寝かせて。

「寝るのか?」

「ねる」

「眠い?」

「ねむい」

えー、と残念そうに顔を見合わせる船長と船医の前、丁度良く日差しも当たらず風通しもいい場所へと横たわる。
ベッドの柔らかさはなく板の硬さが肩甲骨へと伝わったが、ベッドまで辿り着けるほどの体力も気力もなかった。
くあ、と欠伸をして重くてたまらなかった目蓋を落とす。
船が波を越えて揺れる。
潮の香りのした海風がさわさわと吹き抜けていく。
意識がとろりと気持ち良くまどろんできた。

気持ちがいい。
そして平和。
あの島にいた頃も、休みの日は寝て過ごす事が多かった。
店長に呆れられたけれど休みの日くらいはゴロゴロしたいんだもん、とベッドの中の住人でいることが多かった。
それに匹敵する気持ちよさ。

よくよく考えれば、三年も静かに過ごせていたってことはあの島が一番安全だったってことなんだよなー。
店長心配してくれてる…かな。
してないだろうなぁ。
意外とドライだし。
アイツはアイツでやってるだろとか思われていそうな所が悲しい。

帰りたいなぁ―――と。
穏やかな気候と仏頂面の店長と、気さくな常連さんを思い出してちょっと切なくなりながらも、襲い来る眠気に全権を譲り渡したのだった。





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