波瀾万丈

□家常茶飯
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「しつけーなー、もう!」




忍者ではないので気配を消したり、足音を消したりなんてことは出来ない。
でも、出来るだけ大きな足音はたてないように心がけてサニー号の中を駆ける。

始まってしまった即席の鬼ごっこ。
流血したわけではない。

決して血は流さぬと細心の注意を払って暮らしているので血を流したわけでもないのに、***、***、と名を呼びながら船長と船医と―――なぜか長っ鼻までもが追いかけてくる。
捕まれば大変よろしくない結果が待っているので必死に逃げているのだけれど。
所詮は一般人。
か弱い現代っこ。
海賊に捕まるのは時間の問題だ。

あー、もー、こんな時ほど自分の悪魔の実の能力は攻撃とか防御に特化していなかったんだろうかと悔やむ。
だって人外じみた体力を持っている相手に一般人が対抗できるはずがない。
嫌だ嫌だ、と溜息をつけば、『***〜?』と自分を呼ぶ声が先ほど曲がってきた角から聞こえ飛び上がるように驚いた。
そして目の前にある扉を開け放つ。

「まだメシじゃねーぞ……って、***か?」

「ササササササンジさん!ちょっとかくまってくださいおねがいしますおれいはなんでもしますー!」

と叫んでからキッチンシンクに立つコックの足元へと縋りつく勢いで身体を入れた。

「な、にやってんだ!せめーだろ!」

「しー!お願い、しー!」

ぎゅうっと身体を小さく縮めて存在感を消す。
無になれ。
無、に。
空気と一体化しろ。
とにかく俺は俺じゃない。
ここにはいない。
ぶつぶつと心の中だけで呟きながら、岩になったつもりでじっと息を潜めていると、

「サンジィー!」

「***ー!」

「なぁ、***がこっちに来なかったか?」

バターンと扉を開け放った存在達の声がキッチン中に響き渡る。
ビクっと背中が震えてしまったが、平常心、俺は石、と呟いて強く目蓋を落とした。
視界を暗闇として、息をひっそりと繰り返しながらこれ以上ないというくらいまで縮こまる。
はぁ、と溜息を落とすコックを間近で感じて、ぎゅうっと更に小さく小さく縮こまる。
もうこれ以上は丸くなれないというところまで身を畳んで、お願いします、どうか事情を察してください、今俺はその辺に転がっている石ころなんです、サンジは空気読めるって信じてる!と心の中で念じた。

「来てねーよ。それよりもお前らドアはもっと優しく開けろ。壊れたらどうすんだ」

「えー、だってよー。***が逃げるんだもん」

「だもんじゃねーよ。それとこれとは関係ねーだろうが、―――って何しようとしてんだ!」

「***を探すんだよ」

「だから来てねぇって言ってんだろ」

「隠してるかもしれねーしなぁ」

「どこだー!」

船長と長っ鼻と船医がそう宣言してわさわさと動こうとする気配がする。
あ、やばい。
時間なかったからサンジの足元というかくれんぼで言えばレベル1くらいの見つかりやすさの場所に隠れてしまった。

な ん て こ っ た !!

これじゃいくら自分は空気だ石ころだと念じても、実際に空気にも石ころにもなっているわけではないので見つかるわ。
冷や汗がじわりと滲む。

どうしよう。

意外とキッチンは狭いというか、こっそりと見つからずに逃げられるルートはない。
動けば絶対に奴らに見つかってしまう。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
心臓がドキドキと早く脈打つのを感じ突然―――ガンっと間近で響いた音に全神経が持っていかれた。
何かが蹴られる大きな音に三人がキッチンへと飛び込んできた時よりもビビックっと背中が揺れる。

「俺の前でキッチンを荒すなんざ、いい度胸だな。三枚に下ろされる覚悟をしろよ?」

冷や汗がだらだらとこめかみを流れていくのが分かった。
ひ、低い声が怖い。
やべぇ。
超やべぇ。
もしかして、匿って!ってキッチンに逃げ込んだ俺も同罪かな!?
同罪っぽいな!

「ドアは優しく扱えって言っただろうが!」

バターンっという音と共に騒がしい足音が遠ざかっていく。
わーわーと纏わりついてくる三人はいなくなった。
ここは良かったと安堵の息を吐き出すところであろう。

だ が し か し !

めっちゃ怒っているであろうコックを想像しながら細心の注意を払って呼吸する。
一難さってまた一難。
俺は空気、俺は石ころ、と念じても実際に消えなければ足元に丸まっているだけの邪魔な存在だ。
恐る恐る目蓋を開けて視線を上に上げれば、ぷかーっとタバコをふかしながらこちらを見下ろしている視線と出会う。

「で?」

「………で?」

で、って何でしょう。



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