波瀾万丈

□得手勝手
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「やぁ、ナミさん、お久しぶりですね」



降り注ぐ日差しの下。
花が咲いたように広げられたパラソル。
そこに座り冷えたジュースを口にしている存在に向かって、笑顔の元、声をかける。

「あら、そうね、久しぶりね」

元気だった?なんて可愛らしく小首をかしげるナミはこのうえもなく可愛くて、尚且つ輝いていた。
だが、しかし、

「なーにーがー『元気だった?』だよ!元気だよ!超絶元気だよ!バリバリ元気だよ!つか、久しぶりなのはこっちが声をかけようとすれば逃げたり、
サンジをこっちに寄越したり、
ルフィやチョッパーをけしかけたり、女部屋に隠れたりしてたからじゃねーか!」

と一気に不満をブチまけながらパラソルへと歩み寄って、恨みを込めて瞳に力を入れる。
―――あの日。
島に帰りたい?帰してあげるわよ、連絡船がなかったら海軍に攫われたっていえばいいわ、簡単じゃない、なんて言い出した事が全てまるっとこの泥棒猫の手のひらの上で踊らされていた事だなんて思いもよらなかった。

かさぶたガリッ、とされてからスゲー女だなとは思っていたけれど。
帰してあげるわよ、と。
無理矢理攫ったのはこっちなんだから、と。
そんなこと言われたら、ちょっとはじーんとくる。

訂正しよう。
ちょっとじゃなくて、かなりじーんっときた。
島に着くという最後の晩も、この船の連中のことをあれこれ考えてはちょっぴりしんみりしたりして。

「なぁに、それ。人聞き悪い」

「いやいや、お姉さん。人聞き悪いとかじゃなくてマジもんで最近の貴方の行動ですから。とりあえず、ここで会ったが百年目―――いい機会だからじっくり話したいんだけど?」

いいよな、と椅子を引っ張り出してドスンっと腰掛ける。
逃げんじゃねーぞ、と更に瞳に力を込めれば、はぁっと諦めののった溜息が吐き出された。

「しょうがないわね」

「なんだか物凄く納得いかないっていうか、なんで『付き合ってあげるわよ』的なわけ?そんな態度なくね?」

何様なんだ、コノヤローとばかりに拳を握り締めて抗議しようとした瞬間、

「で?なによ」

言いたい事あるんでしょ、と小首を傾げられて。
その態度があまりにも普通でいたので、思わず出そうになっていた言葉を飲み込んでしまい、うぐ、と咽た。
言いたい事も聞きたいこともある。
それこと一日かけて詰め寄りたい感じだ。
だって、島に帰れるもんだと思って過ごしていた数日―――蓋を開けてみればなんてことはない。

全てこの女の『計画通り!』だった、わけだ。
ゾロを人攫い役に選んだのも偶然ではなく、ちゃんと計算されてのことだったはず。
『おかえりなさい』
まさにチェシャ猫の笑みで言われた言葉。
それが全てを語っていた。
自ら―――この船に戻ってくるように仕組まれていたのだ、と。

「最初から帰すつもりなんてなかったっしょ?」

ぶすっと恨みをこめた声音で言葉を吐き出せば、猫のように大きな瞳がきょとんっと更に見開かれる。

「やだ、そんなことないわよ」

「嘘だ」

「ちょっと!この私が嘘なんてつくわけないでしょ」

と主張しながら豊満な胸を突き出すのでガン見してしまったが、いやいやいや、と首を横に振る。
何を当たり前のように主張しているのか。
嘘=ナミじゃねーか!

「本当だったら。ちゃんと帰してあげるつもりだったわよ。連絡船があったら乗せてあげるつもりだったし、海軍が保護してくれるようにもしてあげたでしょう?」

「あれで?」

「あれで」

にこっと笑われて、その完璧なまでの笑顔の前ではぁぁぁぁっと大きな溜息をついた。

「じゃぁさ。もしゾロを助けずに海軍に売り渡してたら……どうするつもりだった?」

極度の方向音痴であるゾロが迷子になりながら海軍に追われるのもナミの計算のうちに入っていたはずだ。
いくら強いとはいえ迷子のまま、しかも戦いながら港を目指す。
いつ辿り着けるか分からない港を。

小さな島だったら海沿いをぐるっと回れば港へ着いたかもしれない。
大きな島でそれをやったか数日がかりになってしまう。
ゾロが迷子になるのは火を見るより明らかで、島に帰りたいが為に俺がゾロを見捨てる危険性もあった。

なのに、何故。




「そんなこと考えもしなかったわ」




「………、はい?」

「だって、***ってば私が、この私が心配しちゃうほどにお人よしなんだもの」

くつくつと機嫌よく笑うナミが空を見上げるようにして伸びをする。
うーん、という声の後で、悪戯っぽい笑みがその口元を彩った。

「実際、見捨てなかったじゃない」

「だっ、だって、それはっ………結局は結果論じゃん」

「いいのよ、それで。アンタはゾロを見捨てなかった、そしてサニー号に自ら戻って来た、それでいいの」

上出来よ、と、ケロリとした顔で微笑む。
なんだかその笑顔に、やってらんねぇよ、と思っていた気持ちに穴が開きシューっと縮んでいくのが分かる。
あー、と振り仰いだ空は真っ青だった。
結局、そういうことを踏まえての計画だったのならば、帰そうなんて気持ちなかったんじゃねーの、と言い募りたい気持ちもあるのだけれど。

きっと、多分、最初から敵わないのだ。
この狂ったように見える海の―――天候も気候も目まぐるしく変わる偉大なる航路相手にラインを読む彼女が、単純な人間の言動を読み間違えるなんてことなど絶対にない。

百歩譲ってナミが『帰そうと』してくれたのだとしても、ゾロが迷子にならなくても、否、ゾロじゃなくてサンジが誘拐犯役になったとしても―――どうやったって何があったって、結局結果はこうなるに違いない。
この可愛くとも恐ろしい女性の手のひらの上で踊らされ続けるのだ。

「なんだよ、もー、悔しいなぁ!」

「ありがと」

「褒めてないから!!!」

してやられた感はいまだに残る。
納得はしても、やはり悔しい。
ぶぅっと頬を膨らませてそっぽを向けば、くすくす笑いの含んだ声が響く。
カランっと聞こえるのはサンジが作り上げた女性の為だけの特製ジュースにある氷の音だろう。
笑っているナミの顔を見れずにぶすくれた表情を作り上げて、ずーっと水平線を眺めていると、

「それにアンタの能力、他の海賊にはもちろん、海軍になんかに渡すのは惜しいって思ってるのよね」

不意に聞こえた声に、ゆっくりと視線だけを元に戻した。

「だって、能力者がメロメロを通り越して酔っ払いよりも先の状態なのよ?とろとろよ?骨抜きよ?」

凄いじゃない、と強く言われるが―――凄い事なんてなにもない。
むしろ迷惑な事ばかりだ。

「言うことを聞かない酔っ払いよりも迷惑な連中を引っ付けて、まるで自分が粘着テープになったかのような状態が凄いってなら凄いのかもしれないけど」

「だから、それよ」




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