波瀾万丈

□一意奮闘
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目が覚めたら薄暗かった。
ごそごそとベッドの中で身じろぎしながら欠伸をひとつ。
聞こえる微かな寝息と、暗闇に慣れたままの視界の中で、ベッドに作られた人型の山を見れば夜は開けきってないというのは直ぐに理解できた。

今、二度寝に入ったら物凄く気持ちがいいだろう。
間違いなく気持ちがいい。
ベッドはぬくぬくだし、耳をくすぐる寝息も気持ちがいいし。
とろっと蕩け出しそうな意識に全てを任せてしまいそうになって慌てて落ちてきていた目蓋を押し開ける。

いかん、いかん。
せっかく早起き出来たのだから、取り掛からなければ!
うんとこどっこいせ、とベッドに懐きたくてたまらない身体を無理矢理引き起こして扉を開けた途端、ひんやりとした空気に晒されて思わずぶるっと全身を震わせる。

寒っ!
冬のエリアを掠めると可愛い航海士が昨日言っていたけれど、急激な気温の変化には毎度驚いてしまう。
見上げた空はどんよりとした灰色で、春から急に冬に戻ったような感覚に肩をすぼめながら足早にキッチンを目指した。

「おはよう、サンジ!今日はさみーね!」

「……おう、……って、どうした」

優秀で有能なコックであるサンジは朝も早くから朝食の準備中で。
キッチンの扉を開けて見えたその細い背中に声をかければ、振り返った美男子から驚きというか訝しげな視線が突き刺さる。
誰も起きていないような早朝といっていい時間にひょっこり現れれば、まぁ、そんな反応だろう。

「あー、いやー、起きちゃったというか何というか……」

まぁ、起きちゃったというのは本当で。
二度寝しちゃおっかなーという素晴らしい誘惑を振り切ってキッチンへと来たのは、

「―――なんか手伝えること、ない?」

これだ。
この変てこな悪魔の実の対処法を知りたい、船に乗せて!と言い出して快い返事を貰ったはいいものの………あれ?っとなった。
ルフィのように強くもないし。
ゾロのように戦えるわけでもない。
船医でもなければコックでも航海士でも船大工でも狙撃手でも、音楽家でもない。
古代の文字なんて読めないし、理解もできない―――ただ飯くらいの居候。

以前は『攫われてきたんだもん!無理矢理だったもん!』という自分自身を納得させる要素に縋ってしまっていたけれど。
今は自分自身で望んでこの船にいるわけで。
となれば、出来るだけ役立ちたいと思うのが普通の流れというか。
とはいえ平和な日本に生まれた現代っこ。

何が得意?と聞かれても、パっと出てくるような特技もない。
何が出来るだろうと考えたら、出来ることの方が少なかった。

なんもない。
なーんもないのだ、自分は。
おおぅ、と落ち込んだのは言うまでもない。
この大航海時代、海賊にも引けをとらないような教育もされてなければ、生まれ育ったところはそんな危険性もないわけで―――なんて言い訳したり、落ち込んでいても始まらない!
出来ることをしよう!と自分自身を奮い立たせて、小さなことでも出来ることをとじっくり考えたら、

「盛り付けとか、皿洗いとか、後片付けとか!料理はほどんとしたことないし出来ないし、包丁で手を切った後を考えると……恐ろしいやら面倒くさいやらを軽く越えちゃう事態になっちゃうんであんま手伝えることは少ないかもしんないけど。
邪魔にだけはならないと…思う。ていうか思いたい」

階段から落ちた先でお世話になったのは街一番の喫茶店だった。
カフェというほどこじゃれてはいないけれど、どれもこれも美味しいから繁盛していて目まぐるしいほど忙しかった。
そう!
バイトなどではなく、一日中フルで給仕として働いていたのだから、まず出来るとしたらこれじゃね!?と気がついた。

「あ!珈琲とか紅茶とかはいれるの結構得意!」

ぐっと親指を突き出すようにして、自らを指す。
ついでににこっと笑ってみたけれど、火のついていない煙草を噛んだままこちらを見つめるサンジが笑みを返してくれることはなかった。

「……えーっと、それはもちろん、サンジの邪魔じゃなかったら、です。俺様のサンクチュアリに何人たりとも立ち入らせん!って感じだったら……やめときます」

キッチンは戦場であり聖域だ。
料理人の中で決して譲れない場所だ。
これなら手伝える!と思ったけれど、キッチンの王であるサンジの了承を得られなかったら元も子もないわけで。
というか物凄く気まずいんですが。
言い出した内容、そんなにまずくなかった、よな?

あ、でも料理できない奴がキッチンに入ろうとするなんて百万年早ぇえ!ってやつだろうか…。
サンジの無言にすでに心がポッキリ折れかかり、他に手伝える事を探そう…でも出来る事が少ないんだぜ、俺……と視線を落としたその先に、細長い指先が現れる。
そして、

「ひとつだけ絶対に忘れるな」

指先がこつっとテーブルを弾く。

「珈琲だろうが紅茶だろうが………ナミさんとロビンちゃんには心をこめていれろ。誰よりも、だ」

いつもよりも低く、迫力ある声に一瞬手伝いなんていらないと言われるものだとばかり思っていた脳内に言葉の意味が染み込むまでにある程度の時間がかかってしまった。
え?と落としていた視線をあげて思わず瞬きを繰り返してしまう。
えーっと、それって?
手伝ってもいいって、こと?
え?いいの?

「分かったか?」

「……オッ、オッケーです!」

「よし、皿出してこい」

「イエッサー!」

顎をしゃくるようにして棚を指す仕草に慌ててテーブルを回ってキッチンを目指す。

「割るんじゃねーぞ」

「はーい!」







一意奮闘






頑張ろう、俺!






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