波瀾万丈

□各人各様
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「これ、いい!可愛い!」

「可愛いわね」




という会話をしながらキャッキャと買い物を続けるのは女性陣だ。
着実に増える紙袋。
それを見つめながら重い溜息をつく。
先ほどの買い物中と同じように店内にあるソファに座りながら洋服選びに熱中しているナミとロビンが満足するまで待っているのだけれど。

さらり、と不自然に髪が揺れたのを感じて身体が硬直するのが分かった。
風で髪が揺れたのではない。
隣に座る人物が手を伸ばし、指を通したからだ。
ぞわわとした寒気が背筋を走り抜けていく。


ど う し て こ う な っ た !


ヘルプ!と救助信号を送っても買い物に夢中の女性陣には届かない。
届いていてのあえてスルーしているのかもしれないけれど。

突然現れたかと思えば背後から羽交い絞めにし『弟』と呟いた正体不明のちょっとばかり不気味な男。
買い物に付き合ってやる、という言葉通りナミとロビンの荷物持ちとしてついてくることになった。
誰も何もいってないのに当たり前に買い物付き合うとか何なの、ちょーこえーんですけど!!と怯えたものの、きっと、あれだ………紙袋を見ての発言だとは思う。

うん、多分。

実際、買い物中の小休止にお茶をしただけだし、一般的なお店の閉店時間までにはかなり余裕があった。
だからこそ、まだまだ買い物をするのだろうとそう予想しての発言だったのだと思うのに―――なんだか簡単にそう思えない何かがある。

じっと見下ろしてくる瞳は何とも不思議で。
遠くを見ているようであるようなのに、こちらをしっかりと捉えている。
じっと凝視されればまるで頭の中を覗かれているようにさえ感じられて……まさか、ね?
まさか、ね?
買い物発言は、状況判断からだよね?

そう問いかけたくなるものの、問いかけて『違う』といわれたらそれ以上突っ込みたくないというか自らを危険に晒しそうで………先ほどからじっと石のように黙り込むしかないのである。


ああ、もう、本当に―――どうしてこうなった!


大事なことなので強調してみる。
ナミもロビンもどうして普通にショッピングを楽しめるのだろうか。
カフェに二人っきりで置いていかれなかっただけいいのかもしれないけれど、どうにもこうにも落ち着かない。

ていうか、完全に死亡フラグがたってるような気がしてならないんですけど!?
隣に寄り添うようにして座る存在の指が髪から離れない。
細い指が髪を透き、ゆっくりと大きな手が頭を撫でる。

「何か欲しいものはないのか?」

「――――は、はい?」

形のよい長い指先がいつの間にか頬を滑っていた。
ゆっくりと輪郭を確認するようなその仕草に気を取られて一瞬何を聞かれているのか分からずに首を傾げて、

「え、ああ、えっと……欲しいものって…別に、特に、は」

ない、と繋げようとしたところで、

「大丈夫ですよ、『お兄さん!』。ちゃんと『弟くん』のも選びますから」

どこで聞いていたのかナミが声をあげる。
それに鷹揚に頷き返すのは自称兄である。
てめーーーー!このやろーーーー!
歯軋りしながらホックホク顔のナミを睨みつけるが向こうはチェシャ猫のような笑みを残して買い物へと戻っていった。

非情極まりない。
彼女達が普通にショッピングを楽しめているのは、この正体の知れない長身で金髪の不気味な男の扱い方を覚えたから、だ。

買い物に付き合うとか言ってるよ!
無理無理。
もう逃げよう。
やばいって。
不思議ちゃんっていうか電波ちゃんだからやばいって!
5日間引っ付かれるのを考えたらちょこっと『問題』が起きてもいいんじゃね!?

とロビンがギリギリまで押さえてくれるというのでナミと共に逃げようと思ったのに。
先ほどまでロビンによって押さえられていた身体がするりするりとその手を交わしていた。
というよりも、何故だかロビンが押さえようとすればするほど―――近くを歩いている人や道の向こうの人を押さえつけてしまう。

え!?と呆気に取られるこちらを他所に、何の迷いもなくずんずんと本来ならロビンによって身動きできなくさせられているであろう存在が向かってくるという恐怖。
まさに恐怖というものを人の形にしたらこうなるのではないかと思わずにはいられない状況にぎゃーっと互いに叫んで、迫り来る恐怖にぶるぶると震えながら

『ちょっと待って、お兄さん!』

そうナミが叫んだ瞬間―――ピタリ、とその歩みが止まり、こちらを凝視するだけだった瞳が初めてナミへと向いた。
なんだ、と。
そう呟かれた時、ナミと共にへなへなと力が抜けて石畳へと座り込んでしまっていたのだった。


―――お兄さん。


多分それは、一般的な呼び名として。
旦那さん、とか、奥さん、お嬢さん、坊ちゃん、とかそういった一般的に名前の分からない、でも男女の区別をしての呼びかけに使う『お兄さん』という意味合いだったんだと思う。
けれどその一言で救われ、今、その『兄』という呼びかけに転がされたこの男はこの世界で決して渡してはいけない相手に財布を預けてしまっているのである。

魔法の言葉を見つけたナミの反応は素早かった。
お兄さん、弟さんのお洋服を買ってあげようと思いませんか、と。
私達、お手伝いしますよ、と。
彼女の瞳の形がベリーの形になっていたのは言うまでもなく。

なんていうか、もう、身売りされた気分。

ナミ達が人様のお金で気持ちよーくお買い物している間、こちらはソファで撫でられ続けている。
ある意味拷問に近い。
振り払いたい。
思いっきり振り払いたいけれど、振り払ったらどうなるのか分からないから振り払えないチキン。

あげた視線の先は能面かと思うほど表情のない顔。
そんな表情でじっと見下ろされて、撫でられ続けることの居心地の悪さ。
蕩けるような表情を浮かべられてもそれはそれで困るが、無表情というのも怖い。
変な眉毛がなければ顔立ちがいい!と言えるからこそ余計に。

髪を弄ぶように捻ったかと思えば、解き、そしてまた捻る。
手触りを楽しむように動いていた指先は、いつしか髪からこめかみへ。
そして頬、耳朶にと移動した。
ゆっくりと、そして好き勝手に動く動きは犬や猫を撫でている気持ちなのかもしれないが、こちらは落ち着かないってもんじゃない。

早く買い物終わらせろ!!
この羞恥プレイも終わりにしたいんだっての!
と叫び出したい気持ちで歯を食いしばった瞬間、ふっと、今までこちらへと注がれていた男の視線が逸れた。
窓越しに行き交う人々を眺め、ゆっくりと息をつく。
そして、



「時間だ」



今の今まで好き勝手していた指先が唐突に離れた。




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