波瀾万丈

□無手勝流
1ページ/2ページ




「よろしくお願いしやっす、師匠!」


フランキーに貰った角材を腰にぶら下げて、満面の笑顔でそう叫べばビュっと風を斬る音が辺りへと響き、前髪が数本ハラハラと足元へと落ちた。

「何の真似だ」

「ああああああっぶな!あああああっぶな!」

ひっと短い悲鳴をあげながら何の予備動作もなく真剣を振り出してきた相手から数歩下がる。
向こうはビリビリと怒っているらしいが、こちらはブルブルだ。
一歩間違えれば―――というよりも数ミリ間違っていたら鼻がスパっと縦にいっちゃってるとこだった。

「人様に刃先は向けないって小さい頃教わっただろ!包丁もナイフもハサミもカッターも刃先は自分の方に向けて渡すんですよって!」

「教わってねぇ」

「でっすよね!そうじゃなかったら剣士になんかなんないっすよね」

あー、もう恐ろしい。
まさか船の上で切り殺される危険に見舞われるとは思わなかった。
やんなるぜ。
心の狭い奴はやんなるぜ、と下がった位置でぶつぶつと呟いていると、

「何の真似だって聞いてんだろうが」

プリプリした声で問われた。
視線を上げればこめかみに青筋をおったてている緑頭の剣士が見える。
瞬間湯沸かし器のようにボタン押したらすぐ激怒という状態で頭の血管は大丈夫なんだろうか。
二・三本ブチブチいってんじゃなかろうか。
若いのに可愛そうに、と哀れみの視線を流した瞬間、

「あいた!」

「質問に答えろ」

額をデコピンってレベルじゃねーだろ、という勢いで弾かれて慌てて更に数歩距離を取った。
なんの真似だってそりゃ、

「ゾ―――ないでーす!誰の真似もしてないでーす!いや、違うくて。コスプレとかそんなんじゃなくって……あの、その……ちょっとばかり、稽古をつけてくんないかな〜って、思って」

ゾロのゾの字を口にした途端、凶悪って文字で表せられないほどの表情に慌てて誰の真似でもないことを強調してから(腰に角材三本刺さなくて良かった)本来の目的を口にする。
した途端、凶悪だった顔が訝しげな表情へと変わった。

「あ?稽古?」

「そう」

思いっきり眉を潜めたゾロに頷く。

「なんでそうなってんだ」

「あー……」

最もな問いかけである。
うろうろと視線をさ迷わせた後で、ゆっくりと唇を開いた。

「昨日ナミとロビンの買い物に付き合わされて、」

もごもごと口の中で言葉を転がすようにして、何故腰に角材を挿しているのかを説明する。

「弟として懐かれちゃったりしましてですね………多分、いや、絶対能力者、に」

そう言葉を繋いだ途端、胡散臭げにこちらを睨んでいたゾロの瞳がパチパチと二度ほど瞬きをする。
そして次の瞬間にはなんとも生暖かい視線を送られることとなった。
血が流れれば能力者を酔っ払いにし、流れなければ流れないで彼らの心に眠る『何か』を呼び起こしてしまうらしい。
概ね、好意的なものを。

以前、コーラのお使いに出て能力者に飼い犬と間違えられたことがある。
生まれ変わっていたのか、やら、首輪は取ってある、やら。
そんなことを言われて追いかけられ、たまたま通りかかったゾロに助けられた。
たまたまってよりも迷子だったのだろうけれど。

そんなこんなで、犬の事を知ってるのはゾロだけであるので説明も簡単だった。
弟として懐かれた、と言えば彼の脳裏に思い浮かぶのは『犬事件』だろう。
だからこそ!

「自分の身は自分で守らないと、と痛感して!出来ればなんとか撃退するくらいにはなりたいなー…と、思いましてですね」

「それで俺か」

「あ、うん。特にゾロじゃなきゃいけないってわけじゃなかったんだけど」

「あぁ?」

「暇かなって思っ―――ふぎゃーーーー!!!」

別に師事するのはゾロじゃなくても良くて、サンジだってフランキーだって、戦える誰かなら誰でも良かったのだけれども。
それを正直に言った途端、腕枕でゴリっとするほど筋肉に覆われた腕がこちらへと伸ばされ―――顔を掴まれた。

俗に言うアイアンクローである。

ミシっとこめかみあたりの骨が軋む痛みに悲鳴をあげる。
やめ!
離せ!
と腕を叩くものの、俺じゃなくても良かっただと、と視線だけで人を殺せるような勢いで睨まれて痛みに耐えながら叫ぶ。

「ゾロ!ゾロがいい、です!是非とも世界一の剣豪を目指して鍛錬を休まない立派なゾロ様にお願いしたく―――」

精一杯のお世辞とよいしょを口にした途端、正直に言えと言わんばかりに手の力が強くなり、頭蓋骨がミシっと本格的な音をたてた。

「ぎゃーーーー!ちょ、割れる!だだだだって!ルフィやチョッパーやウソップは島の探検と祭の雰囲気に夢中だし、ナミとロビンの買い物は邪魔しちゃダメだし、ブルックは酒場で演奏頼まれたってアルバイト中だし、
フランキーはサニー号のいい部品があったってウキウキで行っちゃったし、サンジは食料の調達中だし。ゾロしかいないじゃん!」

島に着こうが、祭があろうが、ゾロはゾロだった。
船にに残り一人で鍛錬か、昼寝。
ウカれることもなくいつも通りならば、少しくらい稽古をつけてくれるんじゃないか、と。

「無駄だ」

「何故に!」

「テメーは剣のひとつでも振ったことはあんのか?」

「……ない、です」

じっと睨まれての問いかけにふるふると首を横に振る。
平和な日本に生まれ育った身では『武器』と名のつくものなど握ったこともなかった。
剣に近いものといっても授業でやった竹刀を振り回すくらいなもの。
朝起きてから夜寝るまで命の心配をするようなことなどなかった。
この世界に来て初めて竹刀ではない真剣を見たのだ。
ふぅっと吐き出された溜息に少しばかり身を硬くする。

「また無茶してんのか」

「し、してない!してない。ほ、本当に、心の底から、自分自身で身を守りたいって思ってるんだって」

無表情で正体不明の男に弟として扱われたあの数時間。
羽交い絞めにされ、雰囲気で脅され、撫でられ―――心底逃げたいと思ったし、自分で逃げられたら一番なんじゃないか、と。
ウソップは能力者じゃない者と一緒にいたらどうだと提案してくれた。
それはとても嬉しかったし助かったけれど、昨日で学んだ事もある。
自分でなんとかしないといけないことが世の中には多いのだ、と。

「真剣を人に向けるってことは自分も斬られる覚悟もしなきゃなんねーんだぞ」

静かでいて真剣な重みを孕んで落ちてくる声に更に項垂れた。
自分の身を自分で守りたいと思うのは本当だけれども、覚悟しているのかと問われれば微妙なところだ。

人を斬るかもしれない覚悟。
自分が斬られるかもしれない覚悟。
お稽古事の延長ように人を傷つける『武器』を携えることは出来ない。
どちらも嫌だといえば、甘ったれと呆れられるのだろう。

でも、
でも、
昨日はあっさりと離れてくれたけれど、明日は?
明後日は?
対処方法が一向に見つからない状態で主人公達の乗るこの船から無理矢理連れ出されたら?
こんな能力いらないとポイ捨てできないから尚更もしもな事態が怖い。




「それよりお前が真っ先に鍛えるもんがあるだろーが」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ