波瀾万丈
□大驚失色
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九死に一生。
まさにこれである。
なんだか良く分からないけれど………命は助かったらしい、と気づいてようやくゆっくりと呼吸することが出来た。
自称と本物の鷹の目さんが去った。
ある意味精神的にはかなり削られたが、それでも生きている。
そう、これが大事!
生きてるって素晴らしい!!!
しばらく呆然としていたけれどもここでボケっとしている暇はないと慌ててあたりを見渡した。
色々あったけど、一応万事OKな感じだし、とりあえず広場に向かわねば、と賑わいの中に紛れる。
笑顔の人達の間を通れば自然とこちらも段々と楽しい気持ちになって笑顔となった。
ウキウキと心を弾ませながら、やり直し!
アイスからやり直し!
とばかりに三段分食ったくせにアイス屋へと飛び込んだ。
人間とは学習する生き物である。
スペシャルの四段重ねはやめて、シンプルに一段にしようとガラスケースを覗いた。
注文しようと顔をあげれば前と同じおばちゃん。
おばちゃん店員は何故か俺のことを覚えてくれていて、アイスを落としたといったら同情してくれたのかひとつおまけにしてくれた。
二段重ねである。
まぁ、これくらいなら何とか。
がっつかなくても溶けないレベル。
押されても落ちないレベル。
普通のアイスの枠。
もぐもぐしながらとりあえず祭の行われる広場へ向かおうと人の流れに沿って歩き始めた。
ウキウキ。
ワクワク。
沿道に並ぶ露天を覗いたり、ショーウィンドウを覗いたり。
一人で驚いたり感動したりするのはちょっとばかり寂しかったが、先ほど置かれていた自分の状況と比べたら天国である。
あの時間は寂しさなんて感じる余裕もなく、ただただ耐え忍ぶのみだったのだから。
寄っておいで、見ておいで、とばかりに開かれている店のドアは多い。
ここぞとばかりに観光客用にと入りやすい雰囲気を作っているのかもしれない。
ナミから渡されたお小遣いという名のお金は思わず、子供か!と突っ込み入れたくなるほどの金額だったのでアイスを二回も買ってしまっている身ではそう大きなものは買う事は出来ない。
見てるだけ〜、と思いっきり観光客丸出しで広場までの店々に足を運ぶのが物凄く楽しかった。
祭のガヤガヤした雰囲気や、通りに響く談笑がワクワク感を倍増させる。
ワンピースの世界に落とされて三年。
平和でのんびりとしたあの島から出た事もなかった。
海が中心のこの世界は船で移動するしかなかったし、普通の喫茶店勤めで職場に寝泊りしているような状態では『出る』必要性がなかったので。
だから無理矢理攫われて初めて世界を見たというか。
ある意味初めてじっくりとワンピースの世界を堪能しているというか。
次はどんなお店だろうか、と道沿いに出来た露天から逸れてきちんとした佇まいの店舗へと足を踏み入れる。
ウェルカム状態で入り口は開いていたけれど、入った途端、祭の浮かれた雰囲気がすっと遠のいていく。
普段であればあの重そうな扉はきっちりと締められているに違いない。
クラシックな店内は周囲の賑やかさとは反対にとても静かで、ほんのり薄暗かった。
多分、祭でなくて普段の時に足を踏み入れたら速攻で回れ右をして出てしまいたくなるほどの、場違い感。
店主らしき人物は奥にいる客の相手をしているようなので咎められはしないが、どう見てもアイス片手に入るようなお店ではない。
どうしようかと辺りを見渡せば、店に並べられたケースや壁に重厚な丁寧に陳列されている物が目に入る。
厳つい長剣や斧やら銃やら、微かな金属と火薬の香りにやっぱり場違いだと外へと戻るべく踵を返した時だった。
「…おー」
ガラスケースの中に置かれていた小ぶりの短剣が目に入る。
隣に置かれた柄や鞘まで施された煌びやかな装飾のものとは違い、装飾もないもない無骨な感じのするそれを覗き込んだ瞬間、
「いいのに目をつけたなぁ、兄ちゃん」
頭の上から降ってきた声に反射的に顔をあげた。
店の奥にいたはずの店主らしき男がにこにことした笑顔と共に至近距離でこちらを見つめていて、思わず仰け反った。
「え?あれ!?」
奥にいた客は!?
慌てて辺りを見渡してみるけれど、この店主らしき男性が相手をしていた客はいつの間にかいなくなってしまっていた。
あまりにも場違いであったので早々に出ようと思っていたのに。
やばい。
やばいってもんじゃない。
ケースの中はもちろんのこと、壁にかかっている品々のプライスカードに書かれている値段はゼロがかなり多い。
壊したら弁償できない金額である。
というか、もう、服装やら年齢やら雰囲気やらで祭でうかれた観光客丸出しだっていうのに何故話かける。
この剣は、うんたらかんたら〜
装飾はないが、どうのこうの〜
セールストークを始めてしまったおっちゃんに、慌てて『見てるだけ!』という魔法の言葉をたたきつけようと思っているのだけれど、挟む余裕がない。
ちょ、待て。
何故そんなに熱心に!?
あっという間に契約まで話が進みそうなんですけど!?
いやいや、だめだめ、それだはだめ。
払えそうにない。
熱弁をふるうおっちゃんには悪いけれど、ここはもう説明途中だろうがなんだろうが振り切って店を出るしかない。
このままで行けばNOと言えない日本人的なものを発揮してしまう。
そんなことしたら悪魔と書いてナミと読む存在にどんな仕打ちをされるか。
「えっと、すみません、買うつもりはなくて本当に見てるだ―――」
「おっと、兄ちゃん!アイス垂れる!」
「え!?うわ………っと?」
見てるだけなんで、それじゃ、とさよならするつもりだったのに、おっちゃんからの言葉に首を傾げた。
アイス?
と視線を追った先に、とろっと垂れた液体に慌てて右手を引き上げた。
汚れた、弁償しろならぬ買い取れとなったら死んでしまう、と慌ててアイスを遠ざけたのに、
ベチャっという音が店内へと響き渡った。
驚いたようにまん丸になるおっちゃんの顔と不吉なその音に、まさか買い取り!?と絶望感に目の前を真っ暗にしながら恐る恐る振り返った。
出来れば商品ではありませんように、という願いは叶えられたといえば叶えられたのだけれども―――
こちらを見下ろしてくる黄金の瞳に、今まさにデッドオアアライブの瀬戸際に立たされていることを知った。
大驚失色
2012.9.2