波瀾万丈

□十年一剣
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ふぅ、と吐き出された重い溜息へ連動するかのように筋肉が動く。
わお!素敵な腹筋ですね!
じゃなくて!

「ほほほほ本当に申し訳ございません!わざとじゃ、決してわざとじゃないんです!」

兄ちゃん、ほら、と。
店主が気を利かせて渡してくれたタオルでアイスのついてしまった胸の十字架を拭く。
なんかもうテンパってむしりとってしまったけれど気にしない。
というか気にしてられない。
汚れを取ることが先決である。

あばばばばばば、とテンパるってもんじゃねーだろうというテンパり具合でむしりとった十字架を濡れたタオルで磨く。
コートの次はこれか!
つか、何で出来てるんだろう、これ!

純金とか物凄く高価なアクセサリーだったら…ど う し よ う !

むしろタオルで拭いていいものなのか!?
とりあえず一刻も早くアイスを取りたくてペコペコと忙しなく頭を下げて謝りながら、十字架を磨きに磨くという荒業を披露していると、

「もういい」

「すみません…」

自称鷹の目さんと違って本物はアイスごときで地獄を見せてやるぜ、な人ではないようだ。
あ、でも叩き斬られないだけで地獄は見ているのだけれども。
針のむしろに座り続けるという地獄を。

「ぬしは………」

ぬし、
ぬしってあれだよな、キミは、とか貴方は、とかいう呼びかけだよな。
こちらに対するもの。
どどどどどどうするか。
めっちゃドキドキする。
何を言われるんだろうか、と申し訳ない気持ちに凹みながら身構えた瞬間、ふぅっと再度落とされた深い溜息。
そして、

「すまないが、ここで刀は砥いでもらえるのだろうか」

発せられたのは、そんな問いかけで。
は?
どういうこと?
と反射的にあげた視線の先で、黄金に出会うことはなく、その猛禽類の瞳は店主のおっちゃんへと向けられていた。

「あー、すいませんね。こっちは売る専門で。砥ぎの注文は受けてないんですよ」

「そうか…」

「島が離れてしまうんですが、いい砥ぎ師を知ってますんで」

なんて会話が頭の上で繰り広げられている。
何を言われるんだろうかとかなり身構えてしまった手前、なんだか置いてきぼりをくらったというか肩透かしな気分というか。

いや、でもあれだ。
アイスをべちゃっとやっちゃっているのは確かだし。
あの鷹の目に蟻がむらがってるぞ!とかいうそんな状況を作り出したら今度こそバッサリされるかもしれない。
と、手の中にある十字架をタオルで懇切丁寧に拭きあげてみる。
細かい細工がないのだけが救いだ。
これで凸凹している状態だったらタオルだけじゃ対応できなかった。
鷹の目さんがごてごて好きじゃなくて良かった!

「これを、見ていたのか」

うんせうんせ、とアイスまみれだった十字架を磨き上げる。
黄金だったら物凄くヤバイ扱いだろうが、蟻よりもいい。
甘さよ落ちろ、とさらに手に力を入れようとして、ふと、今さっき耳に届いた言葉がおっちゃんとの会話にしては少しばかりズレているような気がして。
慌てて視線を十字架からあげれば、今度はバッチリ黄金の瞳とであってしまった。

「!?」

え?なに?
なんで凝視されてんの?
あ、あれか!十字架か!
ちょ、ちょっと待ってくださいな。
蟻が群がるとほんとヤバイんで、

「先ほどまで、これを見ていたのか?」

トントンっとガラスケースを叩かれて、視線がガラスと黄金を行き来する。
これを、?
見て?

「え、あ、いえ、ちが…………そそそそそそう、です」

違うといいかけたところでギロリと睨まれて内心で悲鳴をあげた。

「意外と目利きだよな、兄ちゃん」

ちょ!おっちゃん!
なになの目利きって!
見てるだけ!
めっちゃ見ていただけだから!
誤解!思いっきり誤解です、と訴えようとしたのに、

「ほぅ」

鷹の目さんから落とされた溜息とこちらを睨………見つめてくる黄金の瞳の前に反射的に身構えてしまい、言葉が喉奥で凍り付いてしまった。

「このコーナーに足を止めたってのが嬉しいねぇ。あまり見栄えはしないもんだし。そうそう、こっちが、あれだ。闇魔刀。
刀鍛冶が精魂込めて作り上げたせいで、本当に精も魂も持ってかれちまったって代物で、使う奴も刀鍛冶と同じように精も魂も持ってかれちまうらしいが……ま、そんなんで世に5本しかないとされてるものの1本だ」

とん、という軽い音をたてておっさんの指がガラスケースの上から中身を刺す。

「で、こっちが悪魔さえも粉砕するといわれてる草薙と、こっちは大魔物を封じる為に作られた魔調伏刀な。使えば使うほどに精神病んでくらしいぞ。
おっと、忘れちゃならないのが、これだな。持てば破壊的な力と攻撃をもたらすが死ぬまで離すことの出来ない呪印刀だろ。
雷さえも切り裂くことの出来る轟雷剣は与えたダメージの内、いくらかがこちらに返ってきてしまうらしくてなぁ。毎回雷に打たれるようなもんだが、まぁ、強さは折り紙つきだ」

呪いの剣が勢ぞろいじゃねーか!
説明されるのは装飾もなにもない無骨な刀だったのに、受けた説明のせいか段々とおどろおどろしく見えてしまうから困る。
なにそれこわい。
じりじりと後ずさりしたいのに背後にはどしっとした御仁がガラスケースを覗いているもんだから、前門の虎後門の狼状態である。

「で、どれにする」

「!!!??かかかか買わねーよ!?」

「おすすめはコレだな〜。背丈にも合うぞ」

「うむ」

「ちょ!なに!本人抜かして何いってんの!」

え?なんで買う方向で話が進んでんの?
いつの間に!?
一言も買うとか欲しいとかいった覚えないんだけど!?
物凄い悪徳商法じゃね!?

「やっぱ、兄ちゃんにはこれがいいな、うん」

ひょいっとおっちゃんから差し出されたのは精も魂もぶん獲られたり精神が病んだり雷に打たれたりっていうような呪いの剣ではなく、ごく普通の―――普通に見える、短剣とされるもの。
ゾロがもっているような日本刀ではなく、
鷹の目さんがしょってるデカイ長刀でもなく、自分の身を守るにて適しているであろう長さの剣。

「大丈夫大丈夫。こっちは正真正銘呪いもなにもねぇ剣だよ」

ほら、と差し出されて、えーっと、と言葉にも態度にも困った。
どうしようか、これ。

「持たぬのか」

「あ、はい」

隣から響きのいい声で問われて、頷く。
このおっちゃんの事だからもった途端にお会計!とかなったら恐ろしい、というものあるけれど。
なんというか、剣を手にするという行為が嫌…ではないな、恐い…でもない…うーんっと何て言えばいいのかな。

うーむ、と唸りながら頭の中で一番いいしっくりとくる表現を探しながらケースに置かれてしまった短剣を見つめる。
何の変哲もない剣。
強引なおっちゃんだけれど、武器を扱う店をやってるプロが選んだのだからこんな俺にでも扱えるようなものなのだろう。
でも、そう、うん、『受け入れられなかった』んだ。
剣を持つことが。
うん、そうだ。

これが一番しっくりくる表現だなぁ、と自分自身に納得していると、じりっと頬が焼けたような気がした。
飛び上がるほどびっくりして頬に手を当てるが、当たり前だがそこに火傷なんて跡はなく。
なんだ、なんだと動かした視線の先に、何度目になるか分からない黄金の瞳と出会う。
その鋭い猛禽類の瞳がこちらをガン見しながら、視線だけで何故と聞いてくる。

いや、そんな……人を射抜けそうな視線で何故と聞かれても…。
チキンなので答えないという選択肢が残っているはずもなく。

「さ、いしょは……ちょっと欲しいなぁ、と思ったんで、すよね。こう、自分の身を守る物があるといいとか思って」

チンピラ三人組や自称鷹の目に絡まれたところを見られている。
自分自身を守りきれてなかったあの場面を!
アイス食いまくってた場面を!

「それで、こう、知り合いに身を守る戦い方を教えて、と頼み込んだんですが……人を斬る覚悟があるのかと問われた事がありまして」

犬に間違われたり、弟に間違われたり。
能力者お断り!という看板をひっさげて世の中をどんなにいいか、と真剣に考えるほどのまったくもって使い道のない能力。
まだ間違えてくれるレベルだったらいいけれど、あの日、あの時、ゾロがしたようにひょいっと担がれて攫われてしまったら―――どうしたらいいというのか!

主人公がいる有名な海賊船だからこそ、こんなにも暢気にいれるのであって。
他の海賊の元で暮らさねばならなくなったらどうすればいいというのか!
でも、

「あるか?と問われたら、そんな覚悟はないと答えるしかなくてですね」

人を斬る覚悟。
人を傷つける覚悟。
人を傷つけて助かったと安堵する自分を背負って生きていく覚悟。
考えてもみなかった。
あるのか、と静かにそれでいて強く問われた時に、無理だと悟った。
守る為という大儀があっても、自分と同じ人間に対して出来る覚悟じゃなかった。
だからね、おっちゃん。
見てるだけだったから。
マジ、言葉の通り、見てるだけだから。

「何故斬れぬ」

「―――はい?」

「刀で斬れぬものはなかろう」

じーっと睨まれての呟きに、一瞬腰が引けた。
よくこの眼力の前に戦いを挑もうとしたな、とゾロを尊敬した瞬間でもある。
ああ、うん、そりゃー…貴方はそうでしょうとも。
丘を歩く救世主だって驚くほど大きな十字架。
マントをむしり取った時にようやく気がついたけれど、それは純粋な十字架なんかではなかった。

「…えーっと、なんていうか、強い者が生き残るってのは世の中の常だと思うんです、よね。
だからこそ自分自身を守るには強くならなきゃいけないってのも分かるんですが、助かるためだめに人を斬って、その後はどうなるのかなーって」

ゾロに弟子入りして死ぬほど頑張れば人並みには刀を振れるようになるかもしれない。
街でからんできたあのチンピラくらいは撃退できるかもしれない。

「例えば何か美味しい物を食べて幸せだ〜、って感じたとしても、それは俺が助かるために振るった剣があってのこと、とか人の犠牲の上で成り立つのか〜とか思うと…なんか」

それって幸せじゃないんじゃないかなぁ、とかまで考えると鬱になる。
こちらを見つめてくる黄金の瞳が変わらず鋭いが、おっちゃんの瞳の中には呆れというか苦笑というか、そんな感情がのぼっているのが分かった。

ああ、うん、
男なのに何もしねーのかよ、
自分の身は自分で守ってなんぼだろ、って言いたいのも分かるし、そうだと思う。

「命がかかってたら俺だってやる時はやりますよ!でも、第一の目的は『逃げる』ことなんですよね。
それに気づいたっていうか気づかされたっていうか…基本的に、俺がどうしても逃げたい相手達はこちらを傷つける為に近づいてきてるわけじゃないっぽいんですよね。
どうしようもない状態になっちゃうというか、俺にも向こうにも拒否権はなくなっちゃうというか。
まぁ、その原因は決して俺じゃないんですけど、でも結局は俺?俺なのか?
っぽいような気もしないでもないので、俺が嫌だからって傷つけるってのは……やっはダメだろうなぁ、と。まぁ、そこまって至ったら開き直ってチキンでもいいかな〜なんて」

逃げるだけじゃ何の解決にもならないのも分かってる。
でも、
鷹の目さんや店長さんのように身を守る為!戦う為!って刀を手にして修行していたらどうなっていただろうか。

うーむ、と考える。
気が大きくなって、チンピラ三人組や自称鷹の目さんにも突っかかってしまってたはずだ。
相手の力量も測らずに。
叶わない相手にも。
無茶無謀を地でいきそうだ―――からこそ、
『逃げる』のが一番自分らしくて安全なんじゃなかろうか。

……ありがとう、ゾロ。
ちょっとばかり感謝した。
頭蓋骨の形が変わったんじゃないかと思うほどアイアンクローでぎっりぎりされて、恐怖を植えつけてくれたけれど。
うん、これが一番合ってるな、自分に。

「あ、十字架!綺麗になりましたよ…って、あれぇぇぇぇ!?」

ゴシゴシと磨きに磨いて、アイスのベッタベタもこれで取れただろうと振り替えった先、そこに、

「いっちまったぞ」

「マジで!?」

猛禽類の瞳を持つ存在はいなかった。
ていうか、いつの間に!
いつの間に離れていったんだろうか!
まったく分からなかったんですけど!
つか、これ!
十字架ネックレス!
これアイアンディティじゃないの!?
背中のだけで大丈夫なの!?






十年一剣





どうしよう。






ネタ感謝!

『一人で武器(自分の身を守るため)を買いに行くと中、選んでいたら鷹の目に会い、色々と教えてくれる感じのシチュエーション』
でしたが、武器は買うというよりもコロンっと手に入ってしまったようなそうでないような(笑)。
頂いたネタとはかなりかけ離れてしまいましたが、鷹の目を書けてウキウキしました!ありがとうございました!

 

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