波瀾万丈

□意志薄弱
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ざさーん、と聞こえるのは波の音。
繰り返し言おう。
波の音、だ。
青い海が広がる空間に浮かぶのは木造の船。
可愛らしい船首のついた(あれはひまわり?ライオン?)海賊船は先ほどまでは海軍相手にドンパチやっていた。
心のそこから海軍を応援した。
めちゃくちゃ応援したってのに―――目の前に広がるのは海、海、海。

いつの間にか海軍船は見えなくなり、波を受けて進むのは海賊船のみ。
その甲板で途方にくれたように座り込んでいる俺の背中にはとろけきった身体を自分で支えようともしない麦わら帽子の主人公が戯れるように圧し掛かっている。
ちょこんっと膝の上に乗っかっているのも、これまたとろけるような表情を浮かべたタヌキならぬトナカイ。
右腕に重さを感じて視線を流せば骸骨が、左腕にもたれかかるのは絶世の美女。
なにこれ。
ほんと、なにこれ。

「なんなのよ、これ」

オレンジ髪の女の子がシンクロした気持ちを声に出してくれた。
ですよね。
なんなの、ってやつですよね。
だって海軍とドンパチしているのに纏わりついてる奴らはピクリとも動かなかったのだ。この体勢から。
オレンジの髪の女の子が怒髪天とばかりに怒り狂っても、引っ叩いても、蹴っても―――誰も離れなかった。
ぶっちゃけ、こわかった。
俺が、怖かった。

だから、知りたい。
何がどうなっているのか、俺が一番知りたい。
何も答えを持ってないんだもの!
まったくなんでどうしてこんなになってんのかちっともさっぱり分からないんだもの!

「ロビンちゅああああん!なんでそんな男にしなだれかかっちゃってるの!俺の胸の方が何万倍もいいよー!……おい、お前、離せ」

いや、離せ言われても。
俺じゃないし。
俺が捕まえてるわけじゃないし。
絡み付いているのは細い腕なんです!

「ごめんなさい、コックさん。いま、とてきもちいいの」

!!!!!!
ショックを受けたコックさんと同じくこちらもショックでござる!
ちょ、待て。
マジでなんなんだ。
美人にそう言われて―――しかもなんかとろけきった声で言われて嬉しくならない男はいない。
いないけれど、なにもしていない状態でそう言われるのは恐怖でしかない。
全身にジャンプでしか見たことがない登場人物をひっつけて、はわわわ、と混乱を極めて泣きたくなった。

誰も味方がいない。

図書室近くの階段から落ちてこの世界に飛ばされてからこの方、一番心細い状況だと言っても過言ではない。
どうしてこんなことに!
何が原因で!
一番知りたいのは自分だ。

「あのね。自分達の行動がおかしいと思わないの?ねぇ、どうしちゃったわけ?なにがあるの?なんでこの人にくっついているの?誰か説明してくれないかしら」

はぁ、と重い溜息をついたオレンジ髪の女の子が右手を額に当てるようにしてそう紡ぐ。
俺もです。
俺も説明が欲しいです、と身動きの出来なくなった状態でそう願うが―――彼らはスルーだった。まったくの無反応というか恍惚な表情を浮かべてひっつくのみ。

ピクっとオレンジ髪の女の子のこめかみがひきつって、バシンっと小気味いい音が四つ分響き渡る。
くっついてくる奴らが思いっきり叩かれたのだと気づいたのは衝撃が伝わって、から。

「説明しろって言ってんのっ!」

「ナミすわぁん!落ち着いて!」

闘神か不動明王かという表情でギリギリしている女の子が地団太を踏んだ瞬間、ゆらりと視線が動く。
殴られた頭を摩りながら背中にひっついていた船長がようやく声をあげた。とろろんっととろけきった声だったけれども。

「なんかなー、なんかなー、あたまもはらのなかも、とろっとする」

「ほわーってなってあったかい」

「ほんとうに。わたしくしもこんなきもちになるのははじめてです」

「なにもかんがえられない……かんがえたくないの」

次々と寝起きのようなふにゃっとした声があがり説明をしたっぽいのだが―――俺は絶望感でいっぱいだ!
な ん だ 、 そ れ !
結局意味分からないんですけど、とあんまりな回答にしょんぼりしていると、ふっと髪に圧力がかかるのを感じた。
思わず視線を上げる。
俺の周りの人口密度が半端ない事になっていた。

「……ねぇ、なにかある?」

「いや」

「ねぇなぁ」

「男に触れてるってだけで不快だ」

「別にスーパーな気持ちにはならねぇなぁ」

近づいた気配と、頭の上に当てられた五つの手。
そして交わされる会話。
普通の会話。
ですよね。
普通は何も感じないですよね。

「なんでコイツらだけ―――…あ、」

ぐるぐる眉を更にぐるぐるにしそうなコックさんが複雑そうな表情をした後、まるまると目を見開いた。




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