波瀾万丈

□残酷非道
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「あら、今日はひとりなのね」

「ええ、とてつもなくありがたいことに」





数日前、
まったくもって食った覚えもないのに(死ぬほどまずいというのだから食べたら覚えているはずなのに)風呂場で溺れて悪魔の実の能力者らしいと判明した。
ついでに能力者べたべた状態もきっとその悪魔の実の能力なのだろうという事になった。


異議あり!
絶対に食ってない!
食うわけがない!


と主張していたら、じゃ、本物の海に落ちてみる?と爽やかな笑顔で言い切ったオレンジ女に―――能力者でいいです、と項垂れた記憶は新しい。
こんな大海原で溺れるとかマジ恐怖!

しかし、しかしである。
周りに悪魔の実を食った奴だと思われていようとも、自分自身そんなものを口にした覚えがまったくない。
階段から島、そして海賊に拉致され中という奇妙奇天烈な体験をしている身ではあるけれど、記憶にないものはない。
知らないうちに食ってたのだろうか、と比較的に常識を持ち合わせている(話が通じるとも言う)美人さんと骸骨とトナカイ船医にどんな味だったか聞いてみれば、皆口をそろえて、もう一生口にしたくないほどまずい味と答えが返ってきた。
そして絶対に食べたら忘れられない、とも。

えー?
マジでー?

そんなん口にしてたらいくらなんでも覚えてるはずだろう、俺の脳!
このままでは埒が明かないと思ったのか、可愛い航海士が持ってきたのは悪魔の実の本。
全部が全部載っているわけではないようだが、実の形と模様と効能がある程度まとめられている最新版らしい。
差し出された図鑑を一応めくってはみたけれど、どれ?と聞かれても覚えていないのだから指し示せる実はなかった。
その図鑑に『能力者ほいほい』なんて効能のある実もなくて謎だけが深まった。

あくまでも俺の中だけで。

他の連中には、この船のほぼ半数が能力者のせいなのか、異常現象もスルーされているというか、普通に受け入れられてしまっているというか、気にしているのは俺だけという状況。
名前や効力が分かったって大した変化はないのだろうけれど(ほいほい的な意味で)、それでも分かっているのと分かっていないのとでは心持ちが違う。

とりあえず実が分かる分からないに関わらず、島に付いたら海に飛びこんでみようと思った。
元の世界ではプールでも海でもどんと来いだった。
幼い頃にスイミングスクールへと通ったせいか、溺れることなんてまったくといっていいほどなかったのだからそれが手っ取り早いだろう。
救助要員を確保してからだけれど。

パラソルの下で海図を覗き込んでいる航海士の隣の椅子を引き寄せて、パラソルが作り出す影の恩恵を受けながら波立つ海をぼんやりと見つめる。
この船に乗って初めて得るのんびりとした時間だった、
のに、

「***!ナミ!」

元気良く登場した主人公にちょっと身構える。
この世界の中心である彼は天真爛漫でありながらも男気溢れる存在だ。
海風に麦わら帽子を飛ばされないように片手で押さえて、ししし、と笑う相手の登場に視線を泳がせた。

みみみみ見つかった!
見つかってしまった!
まず椅子から立って逃げようと腰を浮かせた瞬間、

「ねぇ、ルフィ。今日は***にくっつかなくていいの?」

なんて心底不思議そうに航海士から放たれた言葉。
そのあんまりな内容にぎょっと目を見開く。
おまっ、なんでそんなことを!
ふざけんな、鬼め、と口に出した途端にめためたにされるであろう言葉を心の中だけで叫びながらゆっくりと浮かした腰を完璧にあげた。
椅子になんて座っていたら体制的に不利だ。
逃げ遅れてしまう。

「なんだ、***、くっついてもいいのか?」

「そんなことない!ダメ、絶対!」

「ぶー」

いいわけあるか!
ファインティングポーズを取りながら威嚇する。
飛び掛ってきてみろ、右ストレートを叩き込んでやる。

「アンタ、そんなこと聞きもせずベタベタくっついてたじゃない」

「あれはなんだかもうぐーっとひきよせられるんだ。我慢できないくらいに」

小首を傾げながらゆっくりと近寄ってくる姿に、少しだけ、あれ?と思った。
可愛い航海士の言うように、昨日まではそんなこと聞くこともなく……むしろ暇なく飛びついて引っ付いていた。
ああ、朝だー、と起き上がった途端待ち構えていたかのように(さすがに寝ている間はやめろと剣士とコックと大工からの厳重な注意が入った)船長と船医と骸骨がぴょーんっと飛び込んできて背中と後頭部をベッドに叩きつけられるのが恒例で。
それを引き剥がしてくれるのが逞しい船大工で。
食事中だろうがなんだろうがお構いなしだった。

そういえば、―――今日は皆が普通だった。

起きても飛び掛ってくる相手はいなかったし、朝食もゆっくりと食べることが出来た。
目が覚めてから寝るまで『疲れる』と『絶望』以外を感じることはなかったのに。

ああ、だから。
今日はコックや剣士が驚いた眼差しでこちらを見つめていたのか。
朝食を取ることに必死だったからこの航海士に指摘されるまで分からなかった。
近くにいても飛びついてこない船長をまじまじと見つめる。
視線に気づいたのか、浮かべられたのはこれこそ『笑顔』という表情で。
まさに漫画のルフィ、っぽい

「引力みたいなものなのかしら…。だったら、今日は?」

「今日?……んー………む?あんまねぇな」

「え?ないの?」

「でもこの辺はずーっとホカホカしたままだ!」

と左胸を指し示してニカリと笑う。
その毒気が抜かれる笑みに構えていた腕を解いてしまっていた。
思わずポカンっと口を開けて船長を凝視し、それから可愛い航海士へと視線を流す。
互いにパチパチと瞬きを繰り返してしまった。





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